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先見創意の会

豆腐の話

清宮美稚子 (編集者・『世界』元編集長)

豆腐に関する本2冊の編集に縁あって関わっている。1冊目は近々、2冊目も来年には店頭に並ぶのではないかと思う。

安価だが栄養価の高い優れた加工食品として親しまれている豆腐だが、その魅力について一般向けにトータルに書かれた本は、実はほとんどない。あまりに身近すぎるからだろうか。

しかし、考えてみると、豆腐とはユニークな食べ物だ。私は、豆乳というものを知らなかった子供の頃、黄土色のつぶつぶの大豆から、なぜ白くて柔らかい食べ物が出来上がるのか、不思議に思ったものだった。

もちろん、豆乳を固めれば豆腐になるという単純なものではない。豆腐の製法は人々の工夫と技術的進歩が積み重なったもので、歴史的に奥が深いことを知って、豆腐への愛着がさらに沸くようになった。

豆腐は、最近では健康志向からアメリカやヨーロッパでも好まれている。豆腐だけでなく、豆乳、さらには大豆ミート(代替肉)などの食品が海外でも注目されている。
豆腐を主人公にして日本の食文化を語ることもできる。同じ大豆から作られる味噌や醤油のような発酵食品とともに、豆腐は和食の核になるものである。

近々刊行予定の『豆腐の文化史』(原田信男著、岩波新書)を先取り参照しながら、豆腐の魅力を考えてみたい。

庶民に愛される理由

そもそも、穀物や豆類の食べ方には、「粒食」と「粉食」があり、米飯に代表されるように粒のままを調理して食べる粒食に対して、小麦を挽いて加工し作るパンや麺のように、粉食では原型とは異なり様々な食品の形となる。特に豆腐は、「湿式製粉」という方法によって、(きな粉のように乾燥したまま粉砕して作るのではなく)原料の大豆に水分を含ませておき、さらに水とともに磨りおろして抽出したもの(豆乳)を、凝固させて作る。抽出したタンパク質を凝固させる前に加熱する必要があるが、そのタイミングや加減、凝固剤の種類、製造過程で出る泡の除去の仕方など、複雑かつ熟練の要る工程を経ることでようやく出来上がるものなのだ。

この複雑な工程から、豆腐独特の味わいが引き出される。しかも、その味は決して濃厚ではないから様々な味付けの工夫のしがいがあり、また歯触りも柔らかいものから固いものまで多様なので、幅広い料理に用いられる。まさにシンプルにして複雑な、奥深い食べ物である。しかもあくまで安価。それが庶民に愛されて、多くの料理法が考案され、さらに日本各地の風土に応じた様々に個性的な豆腐や派生食品が受け継がれてきた理由である。豆腐の製造や保存、調理には人々の知恵が込められている。まさに歴史の中で育まれてきた食べ物と言える。

豆腐誕生・伝来の歴史

この豆腐、歴史を繙いても、そもそもいつ・どこで誕生したのか、日本へはいつ・どのように伝わったのか、本当のところはわかっていないという。

ただ、中国で誕生したであろうことはまず間違いない。漢の時代、紀元前2世紀ごろに、淮南王劉安(わいなんおうりゅうあん)が考案したという伝承がある。淮南は江蘇省・安徽省の河北部にあたり、モンスーン気候の農業地帯に属している。この地に封ぜられた劉安という人物は知識人として知られ、そのもとには多くの文化人や専門家が集まっていた。特に、「方術士」と呼ばれる錬金術の知識を持った専門家たちがいたことから、豆腐の劉安発明説が生まれたという。堅い粒の大豆を白く柔らかな豆腐に生まれ変わらせることは、当時はそれこそ錬金術のような驚きの技術だっただろうから、このような説が生まれるのもなるほど納得である。

こうして中国で誕生した豆腐の日本への伝来も、詳細不明ながら平安時代後期のこととみられ、その普及の初期には仏教が大きく関係していたという。平安後期から鎌倉初期の僧侶や貴族などの上層クラスから、鎌倉後期の在地武士クラス、南北朝の動乱を経て村落上層の農民へと広がり、江戸時代には広く庶民に愛され親しまれた。この時代に作られた『豆腐百珍』という有名な料理本があることをご存知の方も多いだろう。

第3の豆腐

安価で栄養価が高く、かつ消化・吸収がよくカロリーが比較的低い食品として、食卓に欠かせない豆腐。スーパーやコンビニでも手軽に入手できるが、一方で自前で製造・販売する街の「豆腐屋さん」が年々減っているのは寂しい限りだ。

さて、そのスーパーやコンビニであるが、長いこと私は豆腐には「木綿豆腐」と「絹ごし豆腐」の2種類があると思っていた。しかし、流通や小売りの変化で、最近多く出回っているものがある。それが「充填豆腐」である。製造過程でできた豆乳を一旦冷却した上で、凝固剤を加え、容器に注ぎ込み、密封し加熱して凝固させる。プリンや、茶碗蒸しのように。木綿豆腐や絹ごし豆腐を作る際のような水晒しの工程は必要ない。スーパーなどの豆腐売り場に行くと、ひと目ではなかなか区別がつかないが、よく見ると、水に浸かっておらず、容器にくっついている。ラベルには「充てん豆腐」と書いてある。

充填豆腐は、製法上、職人の熟練を必要としないことから、機械による安価な大量生産が可能になるという。そして、加熱時の殺菌効果と、水に浸かっていないことから、日持ちするというメリットがある。
充填豆腐は、豆腐の海外展開、普及拡大のカギになるかもしれない。豆腐業界も活路を海外に向けており、ヨーロッパなどでの起業を希望する若手の豆腐屋さんも増えているという。

皆さんもぜひ、スーパーの豆腐売り場に行くことがあったら、色々と見比べて、ラベルもチェックしてみてください。味にうるさい方々の中には充填豆腐は口に合わないという方もいるだろうが、知らず知らずのうちに食べている方もいるのでは?

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清宮美稚子(編集者・「世界」元編集長)

◇◇清宮美稚子氏の掲載済コラム◇◇
◆「『NO DU』再び」【2023.6.13掲載】
◆「ネオニコ-野放しの30年」【2023.3.2掲載】
◆「原発廃炉と再稼働―フィクションとの闘い」【2022.10.18掲載】
◆「『老後とピアノ』を読む」【2022.6.21掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2023.11.07