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先見創意の会

ネオニコ ―野放しの30年

清宮美稚子 編集者・『世界』元編集長

PFASの場合

日本でも、発がん性が疑われる有機フッ素化合物(PFAS)のうち代表的なペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)とペルフルオロオクタン酸(PFOA)の製造・輸入・使用が原則禁止されるようになった。テフロン加工の調理器具など、生活の場でも多く使われてきたが、「フォーエバー・ケミカル」とも言われるように、難分解性・蓄積性があり、人体への有害性も近年明らかになってきたのだった。

有機フッ素化合物製造工場のある近畿地方や、米軍基地の集中する沖縄などで、河川や水道水の汚染が大きな問題になっている。つい先日も、東京の多摩地域で水道水に使われる井戸水からPFASが検出され、周辺住民の血液検査をおこなっている市民団体が、住民87人のうち85%でPFASの血中濃度が米国で定める指標値を上回ったと発表した。国は2023年1月末、「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」を立ち上げたが、ここでPFASへの総合的対応と国民へのわかりやすい情報発信について検討するという。

ネオニコの場合

同じように難分解性・残留性、そして浸透性(水溶性で植物内部に浸透するので、洗っても落ちない)があり、使用が大きな問題でありながら、PFASに比べて取り組みが遅れていると感じられてならないのが、ネオニコチノイド系農薬(以下、適宜ネオニコと略)である。

ネオニコチノイド系農薬は、化学合成された、毒性の低いとされるニコチノイドで、1990年代前半から殺虫剤として使われてきた(農薬には殺虫剤、殺菌剤、除草剤の3種類がある)。とりわけ日本では斑点米を生むカメムシを退治するためなどに多用されている。

この農薬は、アセチルコリンという神経伝達物質が結合する神経の部位であるアセチルコリン受容体に、アセチルコリンの代わりに結合し、昆虫の神経伝達を撹乱することで殺虫効果を持つという。成分としてイミダクロプリド、アセタミプリド、ニテンピラム、チアクロプリド、チアメトキサム、クロチアニジン、ジノテフランの7種類があり、うち6種類は日本のメーカーにより開発されたものである。(このほかに、非ネオニコチノイド系だが、同じように神経に作用し、浸透性のある殺虫剤にフィプロニルがある。)

ミツバチの警告

ネオニコの危険性が世界でクローズアップされたのは、環境・生態系の汚染、とりわけミツバチの激減との関係が疑われたことが発端である。フランスの養蜂農家の間ではすでに1994年からミツバチの大量死が確認されていたが、2002、3年に起こったミツバチの大量死で養蜂の存続が危ぶまれるほどの大きな影響が出た。フィプロニル、そしてイミダクロプリドの種子被覆処理の危険性(害虫防除の目的で種子の表面に農薬を付着させる処理はEUでは予防的な害虫対策として多用されているが、大型機械による播種作業の際に種子から剥がれ落ちたりして粉塵状になった農薬が巻き上げられ、ミツバチに付着したりする危険性があるという)が指摘され、フランス政府はこれらの販売や使用の禁止にすぐ動いた。規制の動きはすぐドイツやイタリアにも広がった。

その後、ミツバチだけでなく他の花粉媒介昆虫(ポリネーター)や、鳥類他の脊椎動物への影響も指摘され、「害虫」以外の生き物に悪影響があることがだんだんわかってきた。ポリネーターの激減は、人間の食への生物の役割を改めて認識させることにもなった(主要農作物の3分の2の授粉を頼るミツバチがもし地球上から消えてなくなれば、人類は4年も生きられないという)。重要な研究も相次ぎ、人体へのリスクを警告する研究も増えてきた。

紆余曲折はあったが、フランスで「生物多様性・自然・景観回復法」が成立し、ネオニコチノイド系殺虫剤の2年後の禁止が決まったのは2016年のことだ。EUでも2017年にフィプロニルの農薬としての登録が失効、2018年には3種類のネオニコの屋外使用が禁止された。韓国やその他の国々でも規制強化の動きが広がっているという。

日本では、2005年にクロチアニジンによるミツバチへの被害が明らかになるなど、その前後から問題は指摘されていたが、2015年からは逆にネオニコの残留基準値の緩和が続き、農水省は2020年代に入っても、ネオニコ系農薬を何品目も登録している。さらにネオニコ系農薬と別の殺菌剤や殺虫剤との混合剤を登録したり、2023年1月にもチアクロプリド1品目を新規登録するなど、欧米と逆行する流れは変わっていない。

人体への影響

ネオニコの危険性についての警告は、ミツバチの大量死に端を発しての流れと共に、もう一つの流れがある。

それが、人体への影響を警告する医師・医学者の研究と発信だ。

ネオニコ系農薬の人への急性・亜急性毒性について、最初に警告を発したのは群馬県の内科小児科医の青山美子氏だった。気がついたのは、群馬県で2003年にネオニコ系農薬の散布が始まった翌2004年のことで、ニコチン様の急性/亜急性中毒症状の患者が急増したからだったという。

ネオニコの人への影響について、神経撹乱作用を指摘したのが2011年発表の米国ワシントン大学医学部の研究、そして日本では2012年にネオニコの人への発達神経毒性を疑う論文が医学博士の木村―黒田純子氏らによって書かれた。

発達障害とネオニコ系農薬の関係が疑われることを早くから指摘してきた脳科学者で、環境脳神経科学情報センター代表の黒田洋一郎氏は、これらの成果も踏まえて、雑誌『科学』(2017年4月号)に長い論文を寄せている。「発達障害など子どもの脳発達の異常の増加と多様性――原因としてのネオニコチノイドなどの農薬、環境化学物質」である。結論部分の引用で恐縮だが、「『この数十年間、ネオニコ農薬を始めとする発達神経毒性をもつ環境化学物質を野放しにしてきたのが、日本における発達障害児の増加の主な原因ではないか』と強く疑われる」と記している。黒田氏は、論文の中でも、メディアによるインタビューでも、日本はEUのように、ネオニコなどの化学物質に対して「疑わしきは使わず」という「予防原則」の運用をと訴えてもいる。

浸透性殺虫剤タスクフォース(浸透性殺虫剤の生物多様性と生態系への影響に関する世界的な総合評価書を作成するために世界各地から集まった、中立的な科学者の集団)公衆衛生グループ座長を務める平久美子医師も、ネオニコの人体への影響についての世界の最新研究動向を伝え、その危険性を訴える活動を精力的におこなっている。

おわりに

ネオニコ系農薬が開発され使用が始まってからほぼ30年、欧米では使用禁止や規制の強化に舵を切っているが、日本では「優れた防除効果のある」殺虫剤として今も広く使われ、規制も緩和されている。日本では「予防原則」という考え方がなかなか浸透しないが、この問題こそ、遅ればせながらでも「予防原則」に則った対応に転換すべきではないだろうか。

そして、発達途上の脳へのネオニコの影響疑いを考える時、一般論として子どもに安全な食べ物を、という親の願いより一歩力強く、子どもの脳を守るために、無農薬/有機農作物による学校給食の取り組みの大切さを認識しておきたい。

日本弁護士連合会(日弁連)ではすでに2017年12月、「ネオニコチノイド系農薬の使用禁止に関する意見書」を公表している。上述のように、日本でも医師・医学研究者による警告が発せられてきた。その医師たちの声を大きくまとめて社会に訴えることはできないだろうか。

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清宮美稚子(編集者・「世界」元編集長)

◇◇清宮美稚子氏の掲載済コラム◇◇
◆「原発廃炉と再稼働―フィクションとの闘い方」【2022.10.18掲載】
◆「『老後とピアノ』を読む」【2022.6.21掲載】
◆「国際人権から見た夫婦別姓」【2022.3.3掲載】
◆「『子宮頸がんワクチン』問題」【2021.10.5掲載】

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2023.03.02