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先見創意の会

国際人権から見た夫婦別姓

清宮美稚子 編集者・『世界』元編集長

2021年10月31日投開票の第49回総選挙と同時に行われた最高裁裁判官の国民審査。その結果を、総務省が翌11月1日に発表した。対象となった裁判官11人のうち、罷免票の割合が有効票の7%を超えたのは、同年6月23日の「第二次夫婦別姓訴訟」大法廷決定で夫婦別姓を認めない民法・戸籍法の規定を合憲とした深山卓也氏、林道晴氏、岡村和美氏、長嶺安政氏の4人だった。このことを報じた朝日新聞記事に、木村草太都立大教授は、「(4人の裁判官に)『夫婦別姓訴訟での不誠実さ』を見ている人は見ていた、ということだろう」というコメントを寄せた。朝日、毎日の二紙とも、4人の罷免票の割合は地方より都市部ほど高かったと報じている。

この結果をもって、夫婦別姓訴訟を有権者が国民審査で✖️をつける判断材料の一つとしたとまでは言えないと思う人もいるかもしれないが、少なくとも私はそうだった。審査対象の裁判官がどのような判断や意見を示したかがわかる一覧表を新聞から切り抜き、握りしめて投票所に向かったのだ(いわゆる「一票の格差」を判断材料とした人もいただろう)。裁判官も世論の動向には気を配っているはずだから、目に見える数字の差が示されれば、今後に影響を与えることになったのではないかと思うが、「突出」とまでは言えない結果であった。

片桐由喜小樽商大教授もコラム「年賀状と夫婦別姓」(2022年1月18日付)で指摘されたように、夫婦同姓を法律で強制している国は今や世界で日本だけだ。法務省のHPにも、「結婚後に夫婦のいずれかの氏を選択しなければならないとする制度を採用している国は、日本だけです」と明記されている。一方で、2017年に実施した「家族の法制に関する世論調査」の結果では、「夫婦同姓という現在の法律を改める必要はない」が29.3%、「選択的夫婦別姓ができるように法律を改めてもかまわない」が42.5%、「通称使用ができるように法律を改めてもかまわない」が24.4%だったという。

日本は、1979年に採択された「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(女性差別撤廃条約)を1985年に批准している(72番目の批准国)。言わずもがなだが、条約を実現するために必要な措置をとることを義務づけられているのは、締約国、つまりこの場合は日本政府である。

条約の第16条には、「締約国は、婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし、特に、男女の平等を基礎として次のことを確保する。・・・・・・(g)夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)」とある。

女性差別撤廃条約の実施状況をモニターする機関が国連の「女性差別撤廃委員会」で、各締約国は、条約実施のためにとった立法上、司法上、行政上その他の措置について、少なくとも4年ごとに国連事務総長宛にレポートを提出し、女性差別撤廃委員会がそれを審議、次のレポート提出までに締約国がやるべきことの提案や勧告を示すという制度になっている。委員会は日本政府に対して、民法の夫婦同姓規定は差別的であるとして、選択的夫婦別姓の導入を求める勧告を再三にわたって出していた。最高裁が2015年に夫婦同姓を合憲とする判断を示した後の2016年にも法の改正を再び勧告、さらに2018年12月にも法改正の勧告を含む見解文書を示していたが、文書を受け取った日本の外務省がこれを2年以上放置し、所管する内閣府男女共同参画局に報告していなかったことが明らかになるなど、日本政府の対応には大きな問題があると言わざるをえない。

法務省のHPには「選択的夫婦別氏制度の導入は,婚姻制度や家族の在り方と関係する重要な問題ですので,国民の理解のもとに進められるべきものと考えています」とあり、日本政府も女性差別撤廃委員会に同様の弁明をしているが、前述したように、夫婦同姓にこだわる国内世論は少数派になっている。朝日新聞によると、経済界でも選択的夫婦別姓導入を求める声が強まっているとのことだ。世界で唯一とり残された国になっていることについて、呑気な弁明をしている場合なのだろうか。

女性差別撤廃条約については、もう一つ、「選択議定書」の問題がある。条約採択から20年たった1999年、国連総会は「個人通報制度」と「調査制度」を規定した女性差別撤廃条約の選択議定書を採択した。選択議定書の締約国になれば、条約で保障されている権利を侵害された個人が国内の裁判手続きを尽くしても救済されなかった場合、直接、女性差別撤廃委員会に申し立てることができる。これが個人通報制度である。条約締約国189カ国中114カ国が選択議定書を批准しているが、日本は未批准で、OECD加盟30カ国の中で批准していないのは日本とアメリカ合衆国の2カ国だけだという。「日本の女性の権利を国際基準にする最も有効な方法は選択議定書の批准だ」として、多くの女性団体が批准を求めて活動している。2021年11月現在、全国130の地方議会で批准を求める「意見書」が採択されているという動きもある。

実は、この選択議定書の批准に近づいた時期があった。2009年に政権交代を果たした民主党は批准をマニフェストに掲げており、千葉景子法務大臣も就任時にその意向を表明した。しかし約3年という短い期間で、結局批准は実現しなかった。あと3カ月でも民主党政権が続いていたら批准できたのではないかとも言われている。

法制審議会が選択的夫婦別姓の導入を含む民法改正案の要綱を答申した1996年からすでに四半世紀以上、ほぼ一世代が過ぎた。問題は解決していない。昭和のおっさん的発想が立法・行政・司法に根強く残っているということなのだろうか。

女性の権利だけでなく、子どもの権利、障害者の権利含め、国際人権から見た日本の課題は多い。女性の権利に関しても、夫婦別姓だけでなく課題は山積みである。選択的夫婦別姓の早期実現に向けて世論を高めるとともに、この問題をきっかけに、国際人権基準に照らして日本の人権状況はどうなのかという観点から包括的に考えてみる必要がある。

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清宮美稚子(編集者・『世界』前編集長)

◇◇清宮美稚子氏の掲載済コラム◇◇
◆「『子宮頸がんワクチン』問題」【2021.10.5掲載】
◆「『入管法改正』問題」【2021.5.11掲載】
◆「生理の貧困」【2021.1.5掲載】
◆「日本における冤罪の構造」【2020.10.1掲載】
◆「Withコロナ時代に響くオーケストラの音色」【2020.9.15掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2022.03.03