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先見創意の会

『老後とピアノ』を読む

清宮美稚子 (編集者・『世界』前編集長)

書名を見て、すぐに取り寄せ、貪るように読んだ。

著者の稲垣えみ子氏は、朝日新聞記者を50歳で卒業し、フリーのライターとして活躍しながら、かつて中学まで習っていたという「ピアノのお稽古」を約40年ぶりに再開した。その奮闘ぶり、ピアノとの楽しくも苦しい格闘の日々をレポートしたエッセイである。

再開したのは53歳、「老後」というには早いのでは? とは言え、リタイア生活に突入する前の10年間は貴重で、この時期に準備をきちんとしておかないと、いざ定年を迎えてからでは遅いというのは、私も薄々感じていることだ。なので、実は私も遅ればせながら、1年半くらい前に「ピアノのお稽古」を再開したのである。私の場合は、子ども時代に稲垣氏よりも少し長く習っていたのでアドバンテージはあるはず、かといって再開したのは62歳だから黄金の10年はすぎてしまっている。この差は大きいと感じつつ、40年強のブランクのある身として、自らのリハビリ・プロセスを稲垣氏の格闘と比較しながら、まるで自分のこととして読んだ。ネット上に「首がもげるほど頷くことばかり」という読者の感想があったが、まさにその通りである。

最近は、ピアノを子どもに習わせているご家庭はかつてほど多くないと思われるが、私の子どもの頃は、戦時下で憧れのピアノができる状況ではなかったので自分の娘には、みたいなケースが結構多かった(と思う)。私もその口で、自分がやりたかったんだか母親がやらせたかったのか、今となってはどうでも良い話だが、ともかく基礎はある程度できているはずだと思ったのは大いなる勘違いで、長いブランクでこびりついた分厚い錆びという現実を否応なく突きつけられつつ、少しずつでもニューノーマルとして、ピアノとの付き合いを始めたのだった。

本のプロローグにはこうある。

「私と同様に老いの冒険へと漕ぎ出そうとしている全ての方に捧げます」

それって私のことでは、と思う人には、ピアノ愛好家であってもなくても、沁みる本であること請け合いだ。

冒頭で、ピアノ再開を決意した稲垣氏はこう書く。「思うに、ピアノは人生を知らぬ子供にはあまりにも早すぎる相手だったのではなかろうか。(中略)苦しみの先の楽しさを知っているのは間違い無く子供ではなく大人である……はずである。(中略)大人とはなんと可能性にあふれた存在であろう」

そして、いざピアノの前に座る。最初は鍵盤に手を置くだけで腕が固まってしまう。それでも、辛抱強く繰り返し練習する(これは子どもにはなかなかできないこと)うちに、少しずつでも着実に弾けるようになっていく手応えを感じる。なんだか本業のアイデアもどんどん湧くようになり………。

その後、次々と困難なハードルが立ちはだかり、稲垣氏がそれを一つずつ乗り越えていく様には手に汗握るものがある。優れた指導者の手ほどきを受けながら、日々の自分の状態に一喜一憂し、文字通り手探りで気づきを深めていく。その鍵は、どうやら「脳とピアノのシビアな関係」にあるらしい。そしてクライマックスのピアノの発表会出演のくだりは感動的であった。

私もちょうど、「脱力」と「指の分離」を目指しながら、「ピアノと脳」について検索し始めた段階である。そして出会ったのが、稲垣氏も参照したに違いない本、『ピアニストの脳を科学するーー超絶技巧のメカニズム』(古屋晋一著)。

練習して弾けなかったことが弾けるようになると、脳や身体はどう変わるのか。音楽をするというのは、脳と身体からみるとどういう営みなのかーー10年ほど前の本だが、目から鱗の学問的成果が満載で、その後の研究の進捗状況が知りたいところだ。プロのピアニストとアマチュア奏者とで、ピアノを弾くときに身体のどこがどう効率的/非効率的に動いているのかという実験結果など、興味は尽きない。そして、この本を読んで「ピアノは脳で弾く」ものだということを思い知った。かつては考えもしなかったことだ。

古屋氏の本には、「毎日のピアノの練習は、加齢の影響を減らすのに役立つ」ともはっきり書かれている。少し長くなるが引用させていただく。「一般には、加齢に伴い、指を素早く動かす能力や、両手が異なった動きを素早くおこなう能力は、低下していきます。しかし、ピアニストはそうでない人に比べると、これらの運動能力が歳をとってもあまり低下しません。さらに、現在からさかのぼって過去10年間のピアノの総練習時間が多い人ほど、この加齢の影響が少なく、(中略)日々のピアノの練習によって、いつまでも優れた運動能力を維持できるというわけです」

この本には、音楽を使った脳神経リハビリへの言及もある。ピアノで認知症が防げるのか、あるいはその進行を遅らせることができるのか、大いに気になるが、人生100年時代、音楽を友とするのはクオリティライフにとっても良いことなのだろう。

そういう「実利的」な面はともかく、稲垣氏にとって、ピアノのレッスンとはイコール、老いを生きぬくレッスンだった。「衰えていくものを受け入れつつ、まだ使っていない自分の可能性を粘り強くトコトン掘り起こしていくことは、たとえどれほど掘るスピードが遅くなろうが、チャレンジはいくらでもできる。(中略)肝心なのは結果じゃない。自分をとことん使い果たして生きて、死んでいくこと。それでいいのだ」

全体を通してユーモラスに、時には自分を突き放し、軽妙に筆を運んでいるが、とても深いメッセージが込められている。

ピアノを通して老いというものを見つめ、老いて生きる意味は何なのかを考える、まさに人生の良いタイミングで出会った本だった。

著者に一つだけ申し上げるとすると、稲垣氏はご自身の目標を「一人で弾く」、つまりピアノ・ソロに置いている。他の楽器の伴奏や室内アンサンブルなど、音楽仲間と共に楽しむことは、「ピアノが開いたまさかの世界」をさらに広げ、老いの日々を彩ることに繋がると思う。拝読した限りでは、実は相当な腕前なのではないかと推察するのである。

【参考・引用文献】
『老後とピアノ』(稲垣えみこ著・ポプラ社 )
『ピアニストの脳を科学するーー超絶技巧のメカニズム』(古屋晋一著)

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清宮美稚子(編集者・『世界』前編集長)

◇◇清宮美稚子氏の掲載済コラム◇◇
◆「国際人権から見た夫婦別姓」【2022.3.3掲載】
◆「『子宮頸がんワクチン』問題」【2021.10.5掲載】
◆「『入管法改正』問題」【2021.5.11掲載】
◆「生理の貧困」【2021.1.5掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2022.06.21