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先見創意の会

「マイナ保険証」は「現行保険証」との併用で

中村十念・緒方正象 [日本医療総合研究所 取締役社長・主席研究員]

1. 法的面との相性の悪さ

当然ながらマイナンバーカードには、マイナンバー(個人番号)が記載されている。個人番号以外にも氏名や住所、生年月日、性別、有効期間、それに証明写真が掲載されている。個人番号はむやみに他人に知らせてはならない定めになっているため、守秘性の効果も期待して、カードの裏面に記載されている。

マイナンバーカードは、希望者に「当面の間無償」で提供されることになっている。これが任意発行の原則である。もちろん携行義務もない。このことから、マイナンバーの増加は当然自然増に任されるべきというのが社会通念である。交付開始は2016年1月であった。

しかしそれが一変する。2020年からのマイナポイント事業の導入である。「当面無償」が真逆の「無償かつおまけ金券付」に変わったのだから驚きだ。借金した人が金利をもらえるマイナス金利と同じである。

さらにカード取得を加速させる要因となったのは、「マイナ保険証一本槍」の方針である。これが任意型マイナンバーカードが実質強制マイナンバーカードに変更された瞬間だ。誰でもわかるように、「一本槍」成功のためには、マイナンバー取得率100%は勿論であるが、マイナ保険証としての登録も100%でなければならない。健全な常識を持っている人なら、2種類の100%同時達成の条件クリアは無理と判断できる。そうしなかった人に罰則はおろか行政指導等も出来ない環境なのである。

もうひとつの法的側面は、医療側にマイナ保険証を使える機能がなければ「マイナ保険証一本槍」システムは機能しないところから発生した。日本は国民皆保険の国であり、ほとんどの医者が健康保険医・国民健康保険医として登録されている。この登録医は療養担当規則というルールで縛られている。ところが療養担当規則の中にマイナ保険証を取り扱わなければならないということは含まれていなかった。

マイナ保険証が使えるためには100%の医療機関と保険薬局がデジタル投資を行い、マイナ保険証の利用環境を整える必要がある。それを履行させるために療養担当規則の中にマイナ保険証の資格確認業務を入れたのである。義務であるから、「いつから」のスタート設定が必要だ。それは2023年4月1日である。間もなくである。ところが、行政側の段取りが悪く、設備投資が100%終わっていない。それどころか100%終わる保証もない。
現実とマイナ保険証の法的側面の相性は極めて良くない。

2. 顔認証との相性の悪さ

顔認証システムのマッチング精度はどのように確認されているのだろうか。マイナ保険証顔認証システムは、今日現在の顔とマイナカードに入っている顔写真を照合するものである。その顔写真は最長10年(19歳以下は5年)変わらない。それを前提にした認証の精度は公開されていない。子供の顔の変化など、驚くほど早い。トランスジェンダー等による影響も受けるかもしれない。海外の警察ドラマで顔認証システムが活躍する場面が良く出て感心することもある。 ところが、よく考えてみると、直近の画像と現人物との照合であることが多い。

もし顔認証に失敗して、本人確認が出来なかった時のトラブルはどのように対応されるのであろうか。医療はそもそも地域での展開が基本であり、ほとんどの患者の顔は誰かが記憶している。

マッチングの精度はそれ程高くないことが意識されている為か、認証は画像照合だけでなくパスワードによる番号照合、それと対面照合でも是とする運用とされるらしい。となると、マッチング精度の状況にもよるだろうが、現場のトラブル回避意識とコスト合理化意識により、認証は対面照合が主流になるに違いない。

3. コスト面での相性の悪さ

マイナ保険証のシステム運用にはコストがかかるのは当然である。マイナ保険証は幅広いサービスを提供するという。幅広いサービス提供のためには、データベースと提供システムの構築が不可欠である。

マイナンバーカードのICチップには最小限の情報しか格納されていない。新たなサービスのためには情報収集、アルゴリズムの設計、クラウド等によるデータの集積、配信の仕組み、が必要となる。それが出来たとしても、せっかくのサービスが使えなかったり、陳腐化することは、過去の医療関連のシステムを評価してみれば、よく起こることと言わざるを得ない。そうなった途端に新サービスは、顔認証を含めサンクコストと化す可能性が大きい。

通常、デジタル化は、投資コスト増を人件費減で賄えた場合に成功することが多い。ところが、マイナ保険証は、投資コストは増えるが人件費は減らない構造を内包しているように見える。そうなった時は悪性のガンのようなもので、コストは増えるばかりだ。コスト面のリスクマネジメントは、大いに留意される必要がある。まさかとは思うが、「当面無償」となっている発行手数料の有償化によって賄われることが想定されているのだろうか。

現状で問題もないのに無理やり導入させられた、医療機関や薬局側のコストの問題もある。初期費用は無償とされているが、機械ゆえに、故障は避けられずメインテナンスも必要だ。その費用は医療機関や薬局の負担、まわりまわって受診者の負担にされそうであるが、納得感はない。

4. マイナ保険証と現行保険証の併用を

マイナ保険証システムの構築には、マイナポイント費用、基幹システム構築費用、医療機関や薬局の端末設置費用、電子処方箋などの情報提供システム開発費用などで、恐らく数兆円の費用がかかっている。受診者は、マイナ保険証の利用によって診療報酬上の割り増しをとられることになった。

しかし、上述したような矛盾やねじればあるからと言って、政府は「ヤメタ」とは言えない。やるしかないという強行意識になる。だから、やるにしても冷静にリスクを認識して、賢明な方法を選択すべきである。

意外に簡単な方法がある。それは現行保険証との併用システムである。幸いにして、現行保険証には長い間の経験のおかげで、運用上のスキル・テクニック・ノウハウが蓄積されている。一方、マイナ保険証は、初めてのことであり、先行する医療システムでの失敗体験に事欠かず、リスマネ対策の実験も不十分である。私が担当の官僚ならハラハラドキドキである。もしかしたら訴訟に巻き込まれるかもしれないという心配すらする。

しかし、併用性にしておけば、それらのリスクはなくなる。それどころか、マイナ保険証と現行保険証の比較実験調査にも役立つ。たぶんマイナ保険証を本格実現するためには、「番号法」の改訂が必要となろう。そのための基礎データや資料収集にもプラスとなる。いいこと尽くしである。

「一本槍」路線より「二刀流」路線の方が賢い選択だと信じる。

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中村十念[(株)日本医療総合研究所 取締役社長]

◇◇中村十念氏の掲載済コラム◇◇
◆「法と医療のイノベーション」【2022.11.4掲載】
◆「日米半導体戦争」【2022.9.27掲載】
◆「日銀は当然迷走する」【2022.5.10掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2023.02.02