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先見創意の会

法と医療イノベーション

中村十念・緒方正象 [日本医療総合研究所 取締役社長・主席研究員]

1.万波事件

10月に移植医の万波誠氏が亡くなった。今年は臓器移植法が制定されて25年に当たる。何か因縁めいたものを感じる。
万波医師を特徴づけるのは病気腎移植である。
病気腎移植とは、何らかの病気で全摘された腎臓(病気腎)を必要な修復を行って、ニーズのある別の患者に移植するものである。
万波医師は2006年当時までに42件の病気腎移植を行っていた。日本移植学会等からその医学的妥当性を問われて、事件となった。
その後、調査報告書や風評が乱れ飛び混乱したが、厚労省は病気腎移植を臨床研究許可条件つき原則禁止とした。この取扱いについては移植の保険医療の機会を奪われたとして2009年に訴訟となった(2014年患者敗訴)。その後2019年には先進医療として認められ一部保険診療化された。

2.臓器移植の現状

万波事件に先立つこと9年、1997年に日本で臓器移植に関する法律が制定された。2009年には、規制を緩和しドナーを拡げるための法改正があった。
今年で法成立から25年経つが、臓器移植は成功しているとは言い難い。
まず移植待機期間が依然として長い。腎臓で15年、心臓は3年と言われている。
2つ目は国民の気持ちと実際の乖離である。内閣府の調査によるとドナー希望者は39%あるが、実際に意思表示している人は10%程度である。
ドナー側の救急医とレシピエント側の移植医。どちらも目の前の患者の命を救うという目的は共通しているのに、微妙な雰囲気の差があり、「対岸の存在」であることが多いという。

3.海外との比較

次の表を一見していただくとわかるように、日本のドナー提供数は極端に低い。逆に言うと臓器移植の可能性を大いに秘めていると言える。

[世界の臓器提供数(100万人当たりのドナー数)]

なお、OPTING IN制度とは本人の生前同意または家族の同意があった場合に、ドナーとなり得る制度をいう。
OPTING OUT制度とは本人が生前、拒否の意思表示書を残さない限り、ドナーとなり得る制度である。

4.法は医療イノベーションを推進できるか

臓器移植法は1997年に施行された。2005年ぐらいまでは年間10件未満の実施であった。
万波事件は2006年に発生した。事件と言っても問われたのは万波医師の刑事罰ではない。個人の保険医としての適格性、手術した病院の保険医療機関の妥当性が行政罰として問われた。当時マスコミはこのニュースに飛びつき、副産物として、臓器移植が国民の関心事となった。
それと因果関係があるかどうかは不明であるが、2007年以降日本でのドナー件数は増加に転じている。2005年までは年間10件以下であったが、2006年以降右肩上がりに転じ、2019年には100件に迫った。2009年にはドナー提供の規制緩和のために、法の改正が行われた。これは、万波事件がひとつのきっかけになったと推定される。
2019年1月には病気腎移植が高度先進医療に制定された。万波事件から13年。
病気腎移植は、闇に近い医療から医療技術のイノベーションの例になろうとしている。ニュース性を引き出した法の役割がなければ、このような展開にはならなかったかもしれない。
先に見たように、日本での移植医療は、今後発展が期待される重要な分野である。進まない理由についても、法学や心理学、デザイン学等の助けがあれば解決困難ではない。
法と医療イノベーションのコラボについては今後進められるべき研究領域だと考える。

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中村十念[(株)日本医療総合研究所 取締役社長]

◇◇中村十念氏の掲載済コラム◇◇
◆「日米半導体戦争」【2022.9.27掲載】
◆「日銀は当然迷走する」【2022.5.10掲載】
◆「ポストコロナは複眼思考で」【2022.3.15掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2022.11.04