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先見創意の会

スマートエイジングの勧め

岡光序治 (会社経営、元厚生省勤務)

死はプログラム化されている

「生物はなぜ死ぬのか」(小林 武彦著 講談社現代新書 2021.4)によると、生き物にとって死とは、「変化」と「選択」を実現するためにあり、「死ぬ」ことで生物は誕生し、進化し、生き残ってくることができた、という。生き物が生まれるのは偶然であるが、生まれてきた以上、私たちは次の世代にために死ななければならない。死ぬのは必然で、壊れないと次ができない。つまり、死は生命の連続性を維持する原動力だ、という。

著者は、「死」をこのように生物学的に定義し、肯定的に捉えている。

そう捉えながらも、ヒトは感情の生き物で、死は悲しいし、できればその恐怖から逃れたいと思う、と指摘されている。死をめぐる恐怖は、ヒトが「共感力」を身につけ、他者との繋がりにより生き残ってきたあかしだ、ともいわれている。

アンチエイジング研究とはなんぞや

アンチエイジングとは、70歳や80歳になっても20代30代の身体の機能を維持していく、ないしその低下を抑えることを目的としている。

老化による身体機能の衰えを防ぐなり、低下を抑制するというのは、小林 武彦流の「死」の定義からすると、進化の流れに反しその逆を目指していることになりそうである。そもそも生物は、進化の過程で死ぬようにプログラムされており、不老不死は不可能なことはもちろん、寿命を少々伸ばすのも簡単ではないからである。「無為自然」を正面から捉え、死に関してもそのことを考えてみる必要がありそうである。

もちろん、「共感力」を身につけたヒトが「優しさ」の延長線に立って、元気に長生きしているヒトの「長生きの秘訣や理由」を研究・解明し、自分に相応しい方法・手段などを取り入れようとするのは、「共感力」を身につけたヒトにとってはむしろ当然の振る舞い、といえるかもしれない。

だとすると、進化の流れに逆らわない形での「人情」としての取り組みと理解し、それにふさわしいネーミングを考えるべきではないか?「アンチ」ではなく「スマートエイジング」とネーミングすることを提案したい。

未来における死の考え方は変わるのか

ある医学者によると、末期の乳がん患者を2グループに分け、一方は治療のみとし、他方は同様の治療プラス患者同士の雑談の集まりを持ったところ、後者のグループの生存期間が延び、治癒して天寿を全うした方まで現れた、ということである。相当過去の試みで、その当時、延命の理由を明らかにすることができなかったこともあってあまり注目もされなかった研究事例だそうである。今日ではDNAレベルの解明が進み、テロメアの長さの違いがこの事例における寿命の長さの違いの理由だということがわかった、とのことである。

細胞が老化すると、テロメアが短くなり、それ以上細胞は分裂しなくなる。テロメアを伸ばしたり、長いテロメアを持つ細胞を再生させるには特定の酵素が必要で、食事とストレスマネジメントがその酵素の供給と深くかかわっているということだ。つまり、延命グループは、おしゃべりを交わすことでストレスを発散させ、ストレスマネジメントによりテロメアの長さがより長く維持されたものと想定できる。

ヒトが人である所以は「考える」からであるが、人工知能の発展によって考えることが激減しそうである。また、コミュニケーションのメインがスマホやPCといった電子媒体になり、ヒトは他人に会わずに生きられるようになってきた。

これからのAIの発展内容次第だが、人間がAIに従属する関係になってしまう可能性がある。そうなると、ヒトは「共感力」を必要としなくなり、やがて失ってしまうことになるのだろうか?共感力を失い、優しさを忘れ、考えることが激減したヒトはどんな存在になるのだろうか?ヒトは変わってしまうのかもしれない。当然、死についての考えも変わることだろう。

はっきり言えるのは、AIが個々人の「生物学的」な死の時期を予測するようになるであろう、ということである。そうなると、ヒトは2グループに分かれるだろう。予測された時期をあらゆる手段を講じて懸命に伸ばそうとするグループと予測を受け入れ死への準備に取り掛かろうとするグループとに。

個人的には、AI及び付属の装置に―つまり、他人の手を煩わすことなく―身辺整理を“立つ鳥跡を濁さず”といった形で代行してほしいと思う。死への過程において、人間の尊厳を保ち続けられるように、かつ、死への恐れやストレスを和らげ、粛々と寿命を閉じられるようAIによって、条件を整え、関係を調整し、環境を整備する手段方法を提供し、必要に応じ実践してほしいと思う。

利他精神の涵養

ロシアが地球絶滅への道を早めるかのような振る舞いに奔る恐れのあるなか、死についてよく考え、覚悟を新たにする必要があるように考える。戦場のウクライナでは、自然死ではなく、爆死が現実の目の前にある。無理やり、一方的に殺されている。これも、死だ。仮に、核兵器の打ち合いともなれば、生命の生存の場である地球の喪失にもなる。人間自らによる自殺及び他の生物への他殺行為である。

自己利益を前提にした冷徹な論理によるのではなく、「利他」「共感力」「繋がり」「交流」「余裕」など心の豊かさを共有する社会にしていくことが不可欠なように思う。「和」「恕」といった利他の心情や行動を育てる社会教育と活動が全世界で実施・展開されることが絶対に必要だと信じる。

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岡光序治(会社経営、元厚生省勤務)

◇◇岡光序治氏の掲載済コラム◇◇
◆「脱炭素-日本のとるべき道【提案】」【2022.1.25掲載】
◆「日本は、2050年には、エネルギー自給国になろう!」【2021.10.19掲載】
◆「『夢の燃料』水素とは?」【2021.6.8掲載】
◆「オゾンガス曝露により新型コロナウイルスを不活化した居住空間の確保策(提案)」【2021.2.9掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2022.05.17