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先見創意の会

地下シェルターの整備を急いでほしい

榊原智 産経新聞 論説委員長

ロシアに対するウクライナの戦いから日本が学ぶべき点は多い。

その一つが、ミサイル攻撃や砲撃、爆撃から人々を守るシェルター(避難所、防空壕)の大切さだ。

ロシア軍は、弾道ミサイル、巡航ミサイル、砲や戦車による砲撃で鉄筋コンクリート製を含むウクライナの建物を次々に破壊している。

多くのウクライナ国民は建物の地下室や地下鉄構内へ避難して命を長らえた。旧ソ連に属していたウクライナの地下鉄は、核攻撃に備えて深くつくられている。第二次世界大戦の独ソ戦で激戦地となった教訓から、地下室を持つ建物は多い。これら地下のシェルターがなければ、ウクライナの死傷者はもっと増えていたはずだ。

日本の周囲は「危ない国」が多い。現に侵略されているウクライナを除けば、日本ほど厳しい安全保障環境に置かれた国はない。

ロシアは日本の隣国だ。日本固有の領土である北方四島を不法占拠し続けている。北朝鮮は、国連安全保障理事会の決議を無視して核実験や弾道ミサイルの発射を繰り返し、核・ミサイル戦力の構築に余念がない。中国は、世界第2位の経済力を背景に、あらゆる軍事力を強化している。なかでも核戦力の増強は急で、日本全土を射程に収める中距離ミサイルは1250基以上ある。

自衛隊は、飛んでくる弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛(MD)の整備を進めてきた。中露北のミサイル能力の向上で迎撃しきれなくなったことから、岸田文雄政権は反撃能力保有を検討している。日本がミサイルや航空機によって攻撃される恐れが全くないのであれば多額の予算を費やして防衛力を整える必要はない。

これらは侵略を防ぐ「抑止力」と、武力攻撃された際に敵を排除する「対処力」である。これらの充実はもちろん大切だが、それだけで国民を守れない。ロシア・ウクライナ戦争は、シェルターが決定的に不足する日本の弱点を浮き彫りにしたといえる。

戦後日本は、武力攻撃から国民を保護するシェルターをほとんど整備してこなかった。これほど国民の命を軽んじる先進国は珍しい。政府、与野党が押し頂いてきた専守防衛の欺瞞性、反国民的性格がよく分かる。

防衛力の整備は防衛省自衛隊の仕事だが、シェルターの整備は内閣官房、総務省消防庁、都道府県などの自治体の仕事だ。

「シェルターとは」でインターネット検索してみたところ、内閣府男女共同参画局の「民間シェルター」の項目がまず出てきた。暴力(DV)からの女性や子供の避難場所のことだ。これは大切な施設だが、侵略から国民を守るシェルターの準備も重要だろう。

5月17日の参院内閣委員会で、自民党の山谷えり子元防災担当相が、地下シェルターの整備状況を質した。平成16年(2004年)施行の国民保護法は、自治体にシェルター指定を義務付けた。

政府側は「国民保護法に基づいて、弾道ミサイル等の攻撃の爆風などから被害を軽減する避難施設を整備している。地下施設への避難は大変有効だ。令和3年度(2021年度)から集中的取り組み期間として、指定権者の都道府県等に働きかけをしている」として、約5万カ所の指定避難施設のうち地下施設は「1200カ所余」(昨年4月現在)だと明らかにした。

答弁から分かるのは、大多数の避難施設が地上建物になっているという点だ。自然災害であれば問題ないが、ウクライナの建物は攻撃で破壊されている。抜本的な見直しが必要だろう。

政府は、12カ所余の指定を「大きな成果を挙げてきている」とも答弁したが、認識が甘すぎる。日本は人口の半分が三大都市圏に集中している。現状では焼け石に水だろう。

自民党は、安全保障に関する政府への提言で、核攻撃などから国民を守るため「既存の地下施設等を中心に、(略)シェルター整備について調査・評価の上、整備を行う」よう求めた。岸田首相はこれを作文で終わらせてはいけない。

自民党安保調査会は、地下シェルターに空気をきれいにするフィルターを設け、水・食糧を備蓄するよう議論している。国民を守ろうという意識をもった正しい議論といえる。

ただし、完全な施設を作るには時間も費用もかかる。完璧さを求めるあまり、整備が遅れるのは困る。攻撃には、核、非核、生物化学兵器とさまざまな種類があるのだ。

広島への原爆投下の際、爆心地からわずか170メートルにあったコンクリート製建物の地下1階書庫にいた当時47歳の男性が、原爆のすさまじい爆風や熱線、初期放射線から遮断され、ほぼ無傷で脱出した。放射線の急性障害で苦しんだが回復し、84歳の長命を保った。

岸田首相は1月の施政方針演説で「政府一丸となって、(略)国民の生命と財産を守り抜いていきます」と語った。

また、核廃絶・軍縮の推進は首相のライフワークだという。

首相の国民を守り抜きたいという思いが本当かどうかのリトマス試験紙となるのが、「反撃能力」の導入であり、地下シェルターの整備促進だ。

岸田首相と総務省消防庁、都道府県等はまず、都市部の既存地下施設を広くシェルターと位置付け、住民への周知徹底を急ぐべきだろう。ミサイルなどの警報の際、駆け込める最寄りの地下シェルターが分かるアプリも整えたい。台湾はすでにそうしている。

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榊原 智(産経新聞論説副委員長)

◇◇榊原智氏の掲載済コラム◇◇
◆「台湾からの非戦闘員退避活動(NEO)の準備が必要だ」【2022.2.1掲載】
◆「核兵器禁止条約は日本国民を守らない」【2021.11.2掲載】
◆「『人種平等』へ動いた日本の歴史につらなった首相の訪米」【2021.6.15掲載】
◆「中国政府によるウイグル人女性への性暴力問題を取り上げよ」【2021.2.16掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2022.05.24