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先見創意の会

「幽霊病床」のレッテル

楢原多計志 (福祉ジャーナリスト)

「幽霊病床」の実態を調査して解消する─。
政府は新型コロナウイルス患者の受け入れを標榜しながら実際には受け入れない病床について全国調査するという。どんな業界にも少なからず「不届き者」が存在するものだが、国民の弱みにつけ込んで補助金をかすめ取るような幽霊の悪行は断じて許しがたい。だが、この幽霊、本物の幽霊なのか。

火事場ドロボー

10月15日、岸田文雄首相は新型コロナウイルス感染症対策本部で「第6波」を念頭に入れた新コロナ対策の全体像の骨格を示した。

ポイントは第5波のピーク時と比べ感染力が2倍になっても対応できるようコロナ患者の受け入れ体制を現状より2割増やす。さらに感染力が3倍以上になっても対応できるよう国が医療機関(国立病院機構など)の病床確保に乗り出す。背景には後手に回った病床確保への猛省がある。

目をひいたのが、骨格に「幽霊病床」の実態把握と解消が盛り込まれたこと。医療機関が「コロナ患者をすぐ受け入れます」として都道府県などに「確保病床」の数を申告したにもかかわらず、実際にはコロナ患者の受け入れを拒んだり、申告した病床数に満たない患者数しか受け入れなかったりする医療機関がある─という指摘を受けたものだ。

「幽霊病床」を抱える医療機関の中には、申告後、病床確保料(国庫補助金、重症者用1床当たり最大1950万円など)をしっかり受け取っていた施設が複数含まれている(返却した施設もある)との指摘もある。真実ならば、火事場ドロボーそのものだ。

9月6日、日本テレビは独自に入手した東京都の「病床確保料」支払い実績を報じた。病床使用率が100%を超えていた医療機関が50施設あった一方、40%未満が27施設、中には0%が7施設もあったという。

コロナ患者が1人も搬送されて来なかったり、同時期に多くの退院者か出て使用率が急激に低下したりしたケースなども考えられるが、当初からコロナ患者を受け入れる意思がないのに補助金を受け取っているのではないか─との疑念が消えないという。要は、補助金の不正受給だ。

“なんちゃって病床”

10月11日の財政制度等審議会財政制度分科会で「幽霊病床」が審議された。グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの渡辺幸子代表取締役社長は、欧米と比べ日本では新型コロナの感染者や死亡数が少ないのに医療アクセスが制限される事態が発生した要因として「素泊まり入院などで病床を埋めないと経営が成り立たない“なんちゃって急性期病院”が乱立し、コロナ患者の入院に対応できる医師や看護師などが枯渇しているためだ」などと説明した。

解決策として「1入院あたり定額払いの創設」や「アウトカム向上に対するインセンティブ付与」など診療報酬の見直しを提案。また医療機関に財務諸表の公開や補助金交付後の検証などを求めた。

また一橋大学国際・公共政策大学院の井伊雅子教授も「新型コロナ関連補助金の見える化」を提案し、都道府県が補助金や交付金に関する情報を公開しようとしない姿勢を批判した。

個人的な感想で恐縮だが、渡辺氏と井伊氏が指摘しているように、日本の多くの病院は入院に関係する報酬に依存している。“なんちゃって急性期病院(病床)”が増えたのも入院に関する報酬を稼がないと経営が成り立たないからだ。“なんちゃって急性期病床”の変異種が「幽霊病床」なのか。

“なんちゃって急性期病床”の乱立には様々な原因が挙げられているが、1つは、欧米と異なり、日本の診療報酬には医師や看護師など医療専門人材の技量やキャリアがあまり反映されない。結果、特に病院は一定の患者数を確保できる入院病棟や設備の拡充に走るのではないか。

診療報酬は改定されるたびに加算が増えている(見直し含む)が、人員配置などのサービス提供体制の改善が主な要件になっており、技量やキャリアが考慮されているとは言い難い。

また渡辺氏と井伊氏がともに求めている補助金交付の「見える化」は私も大賛成だ。全額国税で賄われている補助金の使い道を公開するのは当然だ。悪意や邪な着想で「確保病床」を申告して補助金を稼ぐような医療機関や経営者は放逐すべきだ。

バッサリ切り捨て

これとは別に、「幽霊病床」の関連ニュースで気になったのは、新コロナ対策の骨格が公表された直後、全国知事会が出した緊急コメント。

「『幽霊病床』というレッテル貼りが行き過ぎてしまい、結果として真に必要な医療体制の確保に悪影響を及ばさないよう配慮を求める…」。実態調査に反対なのか。

実態調査が始まる前だというのに、いまから「レッテル貼り」を懸念する真意は何だろう。実体が見えないから見極めようというのが骨子の趣旨だ。全国の知事は何を恐れているのだろう。「地元の医療機関をあまり突くと、医療行政に支障が出かねない」からか。地域医療は行政と医療機関の「なあなあ、ズブズブ」の関係で成り立っているのか。

コロナ渦、全国知事会は多くの政府に要望や要求を突き付けてきた。患者=住民=納税者からすれば、もし、悪行三昧の「幽霊」が本当にいるのであれば、政府と一体となってバッサリ切り捨ててほしい。もしかしたら、補助金を交付する都道府県が「幽霊」の一味だっりして…。

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楢原 多計志(福祉ジャーナリスト)

◇◇楢原多計志氏の掲載済コラム◇◇
◆「離職の隠れた要因ハラスメント」【2021.7.6掲載】
◆「どこが”科学的”なのか」【2021.3.16掲載】
◆「事実上、”訪問リハビリステーション”」【2020.12.1掲載】
「十人十色 要は・・・。」【2020.9.1掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2021.10.26