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離職の隠れた要因 ハラスメント

楢原多計志 福祉ジャーナリスト

日本のハラスメント対策は、新型コロナウイルスワクチン開発と同様、大きく立ち遅れている。6月25日、国際労働機関(ILO)のハラスメント禁止条約が発効したが、日本はILOの「国際基準」を満せず、批准しなかった。介護現場でのハラスメント被害が深刻化しているにもかかわらず、厚労省は21年度介護報酬改定や介護保険事業計画で介護事業者に相談窓口の設置などを義務付けたが、事業者の反応は依然として鈍い。

日本の経営者は恵まれ過ぎ

6月25日、ILOのハラスメン禁止条約が発効した。批准を拒んだ日本政府は「条約は理想的で(日本が)現実として受け入れられる内容ではない」(厚生労働省)という姿勢だ。

日本の場合、男女雇用機会均等法でセクハラについて、また労働施策総合推進法でパワハラについて、それぞれ禁止規定を盛り込んでいる。だが、禁止条約の「国際基準」と比べると、国内2法は消極的と言わざるを得ない。
例えば、ハラスメントの定義そのものが「国際基準」より狭い。国内2法では職場外でのハラスメントにならない。勤務時間や勤務先でない場合、原則、対象にはならない。最も大きな違いは国内2法には防止などに関して義務付けがあるものの、罰則の規定がない。

ハラスメントに絡んだ訴訟が多発している米国企業は、ハラスメント対応のセクションを組織したり、弁護士を契約したりして対応している。米大手製薬会社の日本支社長は「日本の企業は女性社員がおとなしいのか、経営者や男性社員が恵まれ過ぎているのか、セクハラに対する危機感が薄い」と笑った。

3人に1人「辞めたい」

今年3月末、30代の女性は特別養護老人ホーム(特養)を依願退職した。この特養では過去2年間に6人もの介護職員か退職。「皆さん、人間関係とか、処遇を退職理由に挙げていますが、利用者や家族から女性職員へのセクハラや上司のパワハラに事業者や(社会福祉法人の)理事会が問題として対応してくれないことも影響しています」と話した。

厚生労働省の調査では、介護職の離職理由は「結婚や出産など」を除くと、「職場における人間関係」が常に上位を占め、低賃金などの「処遇の悪さ」を凌いでいる。その「職場の人間関係」の中にパワハラ被害が大きな比重を占めていることが明らかになっていない。

とりわけ利用者や家族からのセクハラとパワハラは深刻だ。2018年調査によると、利用者・家族によるパワハラの割合が高いのが施設系サービス。特養62%、認知症グループホーム55%、特定施設入居者生活介護48%などとなっている。特養では「けがや病気(精神疾患含む)になった」22%、「仕事を辞めたいと思った」36%と回答した。

ところが、ハラスメント被害について「誰にも相談できなかった」と答えた職員が3、4割もいた。認知症や障害のある利用者へのケア研修や指導が十分に実施されていないことあるようだ。特養や老人保健施設、介護療養型医療施設、介護医療院などの施設系では認知症の利用者が増えており、事業所の対応が遅れている。

ウンザリ、アリバイ事例集

ここ数年、厚労省は地方自治体や事業者向けに「ハラスメント対策マニュアル」や「ハラスメント研修の手引き」、今年6月には「ハラスメント対応事例集」を作成した。その内容といえば、文字通り、マニュアルや事例集まで民間会社に丸投げした「厚労省のアリバイ作り」にしか映らないような代物。

事例集には、「(ハラスメントが起きたら)すぐ管理者らに伝える重要性を事業所全体で共有し、実践されることが大事ではないか」などと書かれてある。どこを開いても「当たり前すぎること」ばかり書かれ、呆れる。税金で作って配るようなものではない。介護現場では、こうした「当たり前すぎること」ができていないから退職者が出る。

厚労省はマニュアルや事例集を作成するより、怠慢の事業者の処罰を法的に規定して公表したり、行政監視を怠った行政機関の失態事例を開示できるようにしたり、本来、中央官庁がやるべき職務を果たすべきだ。厚労省職員は「パワハラは犯罪だ」という国際認識や国際常識を持ち合わせていないようだ。

兵庫県は介護サービス利用者や家族向けにハラスメント防止のリーフレットを作成した。今の行政機関の認識が現れている。

「ハラスメントを防ぎ、(介護職員が)安心して働ける環境を整えることは、皆様の適切な介護サービスの提供につながります。ご協力ください」。ハラスメントは「理解されること」ではなく、「悪質な犯罪行為」であることが分かっていない。

ハラスメントの放置は介護職員や介護事業のイメージダウンに直結している。研修やマニュアル、事例集のようアリバイづくりですませるようでは、介護離職は止まらないだろう。

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楢原 多計志(福祉ジャーナリスト)

◇◇楢原多計志氏の掲載済コラム◇◇
◆「どこが”科学的”なのか」【2021.3.16掲載】
◆「事実上、”訪問リハビリステーション”」【2020.12.1掲載】
「十人十色 要は・・・。」【2020.9.1掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2021.07.06