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先見創意の会

日本は衰退途上国になってしまうのか ー遅い切り札のワクチン接種などー

寺﨑 明 一般財団法人 情報通信振興会 理事長

かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた先進国・日本は一体どうしたのだろうか。

新型コロナウイルスのワクチンは、一般国民向けの接種がようやく始まったが、与えられた環境下でコロナ禍対応に当たる政府・官公庁や現場の医療関係者に深謝しつつあえて指摘したい。日本はワクチン開発で米英やロシア、中国に先行され、接種では、その提供を受けたほかの多くの国と比べても大きく遅れた。ワクチン承認や接種の手続きは国によって法律上のハードルや慎重さの基準も異なるから、これだけをもって日本が劣っていると決めつけるわけではないが、しかし、コロナ禍への対応以外でも、日本は世界で進んだ国といえるだろうか。

例えば、トヨタなど一部を除き、いま日本に世界をリードする企業がどれだけあるか。世界を席巻するのはGAFAと呼ばれる米国巨大IT企業で、日本企業はそもそもデジタル化自体に明らかに遅れている。

日本は名目GDP(国内総生産)世界第3位の「経済大国」であり、多くの国民は、先進国だと堅く信じる。しかし、「一人当たりのGDP」をみれば、2000年には2位だったものが、19年には25位まで後退した。ルクセンブルクとスイスはここ30年間、ずっと最上位をキープ、この10年ではノルウェー、カタール、アイスランド、アイルランド、デンマーク、マカオ、シンガポールも10位以内を安定的にキープしており、米国も復活している。しかし、日本はもはや世界のトップクラスとはいえないところまで落ちているのである。

また、世界経済に占める日本全体のGDPの割合も急落しており、日本経済の国際的影響力は低下していることは明らかだ。

現在の日本は本当に先進国なのだろうか。発展途上国ではないものの、ただ停滞を続ける「発展停滞国」となっているのではないか。いや、衰退へ向かう「衰退途上国」になってしまうのではないか、そう危惧するほどだ。日本は一体、いつの間にこうなってしまったのか。

「イノベーション」への誤解

冷静に考えれば、そもそも日本が「先進国」と呼ばれた現代の方が例外的時代だったといえる。長い歴史上、日本は国際社会をリードする存在ではなかった。明治維新後は西洋の列強に追いつくことに必死にはなったが、結局、敗戦で国の独立すら一時失った。戦後の40~50年間は、人口増加の中、軍事的にも経済的にも米国の保護の下で復興に努めた結果、さまざまな幸運・特需にも恵まれ、経済大国に上り詰めた。しかし、その“黄金時代”も1990年を過ぎたころから、平成不況、その後の世界金融危機と続き、終焉を迎えた。例外的な戦後日本の黄金時代とは一体、何だったのか。

いうまでもなく、日本は明治維新後に、欧米の進んだシステム(銀行、鉄道、製鉄、造船、建設など)を次々と進んで取り入れた。第二次大戦後の復興でも、繊維・電子技術、金融など他国の進んだモノを取り込んだ。日本のオリジナルのシステムや技術も大いに生かされたにしろ、あくまで基本は欧米を手本にしたマネから始まったのではなかろうか。

近年、よく「日本の未来はイノベーションの創出にかかっている」などといわれる。しかし、日本の原点は、イノベーションより先に、まずマネの精神にあった。衰退途上国の危機を前にした現代の日本にとって重要なのは、この原点を思い出すことではないだろうか。

現代日本の産業界を見ると、残念ながら世界をリードするイノベーションは容易ではないが、マネをすることはできる。「マネ」というとイメージが悪いが、他国のマネとは、他国で培われた技術、それを生かすノウハウを取り入れることである。ノウハウはビジネスモデルそのものであり、米国でもサービス分野のイノベーションとして高く評価される。新しい技術開発だけがイノベーションではないのだ。そのいい例がアップルのスマートフォン「iPhone」である。iPhoneはそれ自体が新しい固有の技術というより、既存の先端技術を集めて小さいケースに収め良質のソフトで繋げたものだが、新しいイノベーションになっている。つまりイノベーションとはさまざまな既存の技術の組み合わせ(=マネ)であり、いかに新しいサービスを生み出すかなのである。これはまさにビジネスの問題、戦略的なアイデアの勝負だ。

問題は日本でそれがよく理解されていないことだ。イノベーションを最初に日本語にするとき、「技術革新」と訳されてしまったのが誤解を生んだのだろう。

政府でも、当初イノベーションは主に技術、理工系の分野に分類され、その推進政策は総合科学技術会議(現在の総合科学技術・イノベーション会議)が主導権をとってきた。しかし、それでは技術の研究開発に主に予算がさかれてしまう。しかし、いくら科学技術を研究しても、そこに新規性のある戦略的なサービスデザイン(ビジネスモデル、収益の見通しなど)がなければ、イノベーションにはなりえない。日本の最大の問題は、まさにその戦略的思考力の欠如にある。

今後の日本の要諦は戦略的思考ができる人材の確保

コロナ禍対策に話を戻せば、日本は国産ワクチン開発で後れをとっても、戦略さえあれば、接種までもが遅れることはなかったはずだ。イスラエルが早期に接種を進められたのは、国産の開発を待つのではなく、輸入ワクチンの接種を進めるという明確な戦略を持ったからだ。日本でも、早期にライセンス生産を始めるなどの方法も模索できたはずだが、現状はご覧の通り。まさに戦略的思考力の欠如の結果であろう。

ワクチンにしろ何にしろ、国産技術の開発が望ましいのは言うまでもない。しかし技術革新が苦手なのであれば、高望みせず、他国の優れたところ見つけ、得意なマネをし、他国に追いつき追い越すことを考えることが重要なのだ。

それは技術のみならず、行政や経済サービスも含めたシステムにもいえることで、日本は「一人当たりのGDP」が世界10位以内の真の先進国といえる国々から、自国と似た規模やタイプの国を選び、マネして追いつくべきだろう。今後、人口減もあるので、まずは「一人当たりのGDP」で10位以内に復活することを考えるべきだと思う。そこに、戦略的な思考が加われば、イノベーションも起こり得るのだ。

私は、産(外資も)・学・官を経験してきたが、ベンチャーから伸長している欧米企業にはサービスデザインを戦略的に考える優秀な人材が複数在籍していることに気づく。日本企業には、そのような人材が手薄だ。よく、日本の教育は知識が主なのに対し欧米は考えることを主体とする教育だといわれるが、要するに日本には「戦略的思考力を有する」人材が育っていないのだ。

これからは全ての教育内容の改革が必要だ。まずは、日本の中では俊英が集まっているはずの有名国立大学に、デジタル化やイノベーションの立ち遅れを埋めるため、ビジネスモデルや収益構造などを戦略的に分析・創造する人材を育成する「サービスデザイン学部」を設置すべきだろう。日本の将来は戦略的思考ができる人材、マネからイノベーションを生み出すサービスデザイン力のある人材を育成できるかにかかっている。

[著者寄稿の産経新聞2021年4月25日紙面記事より]

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寺﨑 明(情報通信振興会 理事長)

◇◇寺﨑明氏の掲載済コラム◇◇
「日本は『デジタルゆでガエル』」【2021.3.23掲載】

2021.07.13