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先見創意の会

開業医を支えるトランスレーターの必要性

吉野謙一郎 医療機器メーカー勤務

いかんなくや税理士・会計士に業務支援を依頼している。法改正や会計・税務など専門性の高い分野であるので、医師が聞いて本当に理解できているのだろうかと懸念される。
③医療機器の購入・保守や、エアコンの修理など様々な契約書や見積書、その他捺印を要する書面が多く存在する。細かい字で書かれていることも多く、果たしてその中身を理解したうえで捺印できているのだろうかと心配になる。
④PCの不具合やプリンタ、MFP(コピーとFAXの複合機)などの故障などでもITに関する知識に長けた人材がいることが稀なので、ほとんどの場合業者に丸投げし有償で修理している。
⑤患者からのクレームが発生した際に、お互いの認識不足などで丁寧な対応が難しい場合が多い。

2.東日本大震災

2011年に東日本大震災が発生した。院内の壁や内装にひび割れが起きた。場所によっては、崩れが生じてきており早急な補修が必要、となった。その際院長は「建物も土地も全て借りているのだから、貸主に言って直させよう」との意向であった。

開業当初は関わっていなかったため、当時の不動産賃貸借契約書や議事録など、保存してあった書面に一通り目を通した。
地震に起因した構築物の不具合については、貸主負担とも借主負担とも明記がなかった。そのため、院長は弁護士に相談し訴訟を起こしたものの、思い通りの結果は得られなかった。当時、院長には極力医業に注力してもらう必要があった。弁護士との折衝、書面内容の解釈やチェックなどを代行しつつ、院長の意思を弁護士へ伝達した。出廷だけは、院長自らに行ってもらった。

その時に、法の専門職と医の専門職の通訳=トランスレーターの重要性を思い知った。
弁護士の発言する内容を、正確に理解するのはなかなか難しい。独特の言い回しがあり、肯定なのか否定なのか、それすらも判別がつかないこともある。
正確に院長に伝えなければならないため、時にはボイスレコーダーで録音し、議事録を起こし、さらに要約して院長へ伝えていた。
のちに双方から、やり取りをスムーズにしてくれたと、評価いただいたことを思い出す。

3.トランスレーターの役割

上記の例にかかわらず、いろいろな局面で説明する側と聞く側のスタンスや、その時に置かれている状況の違いで、解釈が異なったり、言った言わないの議論になったりということが生じる。その際、捺印をした書面に記載された内容は、エビデンスとして大いなる効力を発揮する。エビデンスにもとづいて当事者から説明されると、聞いていなかったとは言えない。こちらもハンコを押している。それが「契約」だ。

しかし双方の理解と利害が一致し、納得をもって契約をしているケースが果たしてどの程度あるだろうか。

実際、診療所に事務長を配置している施設はわずかではなかろうか。この施設でも放射線技師を経験していた方が60歳以降に事務長として勤務されたが、うまく機能していなかった。結果、中途で雇用終了となり、それ以降は事務長を配置しなくなっていた。

院長は配置しうる人材がいなかったのだ、と仰っていた。確かに事務長は上記のような様々な課題をこなせるスーパーバイザー的な役割を求められるので、なかなかそのような人材がいるわけでもない。法だけでなくあらゆる分野のトランスレーターをこなさねばならない。

4.開業医の価値とサスティナビリティ

医療従事者とは、医療を提供するもしくはそれに携わる資格を自らの意思で取得し、それを社会保障の観点から広く提供する究極のサービス産業従事者であると考える。
また、実働ではその専門性を遺憾なく発揮し、診断・治療をはじめとしたそれぞれ特化した領域で業務を行う。いわば職人である。

そんな医療従事者、とりわけ開業医は本業の医療と合わせて、自院の経営を見なければならない。
これは、とてつもない労力とバイタリティによって支えられていると想像する。

昨今では医療経営士という民間資格取得者が1万人を超えているようだが、多くは病院従事者や企業従事者が多い。クリニック従事者は少ないように思える。

特に今日のコロナ禍において、様々な状況が刻一刻と変化する中、医師をはじめ医療従事者が意思決定を行う際、その内容を正確に理解しあらゆる助言ができるトランスレーター的存在がどれだけいるだろうか。そういったトランスレーター人材を育て、医療機関、とりわけ患者の玄関先になるであろう診療所に配置できるかどうかに、日本の医療の質とサスティナビリティが適正に担保されるかどうか、左右されるのではなかろうか。

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吉野謙一郎(医療機器メーカー勤務)

2021.07.20