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先見創意の会

”賠償科学”を知って欲しい!

平沼直人 弁護士・医学博士

イントロダクション

令和も早(はや)3年であるが,昭和の時代には,街の中で首にコルセットを巻いた人をよく見かけたものだ。
このごろは,めっきり少なくなった気がする。

シートのヘッドレストを初めとして,車の安全性能が上がったことも,もちろん一因だろうが,賠償医学会の果たした役割が大きいと言われている。

賠償医学会の創始者である渡辺富雄昭和大学名誉教授(法医学)の『賠償医学全書 第1系』(1991年)から,むち打ち症に関連する論文のタイトルを抜き出してみる。
・心臓神経症と鞭打ち症の共通基盤
・鞭打ち症の患者への医療の見直し
・賠償神経症の主座占拠の鞭打ち症
・鞭打ち症が殖えた過当請求の土壌
・鞭打ち症に対する損害算定の疑義
・鞭打ち症への医師の指導性を期待
・鞭打ち症による自賠責保険金攪乱
・日本における鞭打ち症の栄枯盛衰
・鞭打ち症に似た中国の公費医療症

青木雄二の人気漫画『ナニワ金融道』(講談社)の第7巻(1993年)で始まるエピソードは,追突された“被害者”がむち打ち症の詐病を手はじめに,あの手この手で加害者からいいようにカネをむしり取ってゆく。

歴史と理念

1982年4月24日,日本賠償医学研究会は産声をあげた。
設立の動機は,我が国の法医学が刑事法医学すなわち犯罪法医学一辺倒といってよい状況にあり,民事法医学,特に交通事故の激増に伴い損害賠償法医学の必要が火を見るより明らかだったからである。

1984年,日本賠償医学会となる。
本学会の特徴は,医学研究者・医師等からなる医学系会員と法学研究者・弁護士等からなる法学系会員が相半ばしており,不文律として,理事長は医学系と法学系が交互に就任し,役員もそれぞれ同数となっていることである。この学際性こそ,本学会の大きな特長の1つだ。

1997年,日本賠償科学会と発展的に改称。
予見可能性・回避可能性,因果関係,損害,被害者の救済方法等々の賠償問題を論じるには,医学以外の諸科学の参加が不可欠である。医学と法学だけで解決できようはずがない。自然科学のみならず,人文科学も含めたすべての科学的知見を結集して賠償のあり方を模索すべきである。

2000年には,日本学術会議の協力学術研究団体に指定されている。

現状

賠償科学会は,今日まで順調に発展を遂げている。

2007年には,法科大学院(ロースクール)向けのテキストとして,『賠償科学概説』を刊行した。同書は,学会創立25周年を記念して出版したものでもあり,医学部,法学部の教科書はもちろん,法律実務書としても高い評価を得ている(日本弁護士連合会の機関紙である「自由と正義」2007年11月号94頁)。
2013年,同書を改訂し,『賠償科学―医学と法学の融合―』を出版。

初版以来,同書の最大の特徴は,ある1つのテーマについて,医師と法律家の双方がそれぞれ執筆を担当している点である。

その結果として,医と法の両者の間に断絶があるどころか,同書のタイトルどおり,賠償科学のステージでは医と法は既に融合しつつあることが明らかとなっている。

同書の各論部分からテーマを抜粋する。
・因果関係論(伝統的因果関係論vs割合的因果関係論)
・PTSD
・精神医学,非器質性精神障害
・高次脳機能障害
・交通事故と保険制度
・医療水準論
・診断書・死亡診断書・意見書・鑑定書
・モラルリスク
・インフォームド・コンセント
・軽度外傷性脳損傷(MTBI)
・脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)
・線維筋痛症
・複合性局所疼痛症候群(CRPS)

展望

賠償科学の未来を展望という形で語ってみたい。

1つは,賠償科学の名に恥じぬよう一層の学際性を極めるべきである。
例えば,環境破壊,それに伴う健康被害について,環境科学の協力が必須である。法医学の内部においてすら,未だ環境法医学が立ち上がっていないことには不満を覚える。

1つは,学際からさらに進んで学の統合を図ることである。
まずは,医と法の統合から試みたい。
医療事故が起きて,それでも懸命に蘇生を試みて奇跡的に救命できた場合と,そのまま患者が死亡してしまった場合と,どちらが損害額すなわち賠償額が高額となるか?法律上は,理論的にも実務的にも,救命できたが植物状態となってしまった場合のほうが死亡した場合よりも賠償額が多くなる。そのカラクリをごくごく簡単に説明すると,介護費用があるかないかの差が大きい。亡くなってしまえば,平均余命の間にわたる将来介護費(いわゆる赤い本の基準で1日につき8,000円以上)が発生しないからである。しかし,医療サイドでは,こんな結論には到底納得できないだろう。ここに医と法を統合して,両者がひとつになって,誰しもが納得できる損害賠償制度にスクラップアンドビルドすることが求められるのである。

【参考文献】
有賀徹・小賀野晶一・木ノ元直樹・黒木尚長・杉田雅彦・平沼直人編『平沼高明先生追悼 医と法の課題と挑戦』(民事法研究会)2019年

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平沼直人(弁護士、医学博士)

◇◇平沼直人氏の掲載済コラム◇◇
「美少女画」【2021年4月6日掲載】
「性」【2020年11月24日掲載】
「成年後見人の医療同意権」【2020年11月5日掲載】
「ガウディ」【2020年6月30日掲載】
「死」【2020年3月17日掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2021.05.06