コラム

    • ガウディ

    • 2020年06月30日2020:06:30:10:45:56
      • 平沼直人
        • 弁護士、医学博士

◆築地本願寺

 
よく晴れ渡った青空に,古代インド風の大寺院が浮かぶ。
地下鉄日比谷線築地駅から1分も歩けば,そこには別世界が広がる。
本堂は,石積みのように見えるが,鉄筋コンクリート造である。
この奇怪(きっかい)とも評されかねない建物は,“建築巨人”伊東忠太(いとう・ちゅうた,東京帝国大学名誉教授,1867-1954)の代表作である。
 
忠太は,境内に,翼の生えた獅子の像など13種類の不思議な霊獣たちを住まわせた。
この動物たちがどうしてここにいるのか,いまだ謎である。
86年の生涯,妄想のままに,化け物やら妖怪やらをノートに描きつけた。寝ている間に見た不思議な夢を記録し続けた人でもある。

 

◆生命の賛歌

 
バルセロナに旅行したことがある。1度だけ。
そこでガウディを見た。その1度だけ。
ガウディの虜(とりこ)となるには,それで十分だった。
 
髑髏(どくろ)が顔を覗かせたようなバルコニーと色ガラスで飾られた明るい壁面の色彩感覚!
こんなファサード(建物正面外観のこと),見たことあるか!
カサ・バトリョの混沌が放つ煌(きら)めき
 
巨大な白いマッス(量塊)が魿(うね)りながら聳(そび)え立つ。
ラ・ペロレラ(石切り場)の名で親しまれるカサ・ミラは,カタルーニャの人々のこころのよりどころ,モンセラット山からのインスピレーションである。
同時に,カサ・ミラの嫋(たお)やかな曲線は,地中海のイメージも惹起させる。ベランダを飾る鍛鉄の手摺りは,海藻ではないか。
大自然への畏敬。
おお,ふるさとの景色よ!
 
ガウディの造形にはいのちが宿っている。
人 生き物 草花 きのこ お菓子 海 山 空
われらいのちあるものすべてをたたえよ!

 

◆日本のガウディ

 
長崎駅のほど近く,当地らしい急な坂道を上ってゆくと,まごうかたなきガウディの塔2本が現れた。聖フィリッポ西坂教会は,ガウディを我が国に先駆けて紹介した早稲田大学名誉教授 今井兼次(いまい・けんじ1895-1987)の設計である。
 
今井の代表作,早稲田大学の構内にある演劇博物館を眺める。何度見ても,瀟洒(しょうしゃ)で可愛いらしい建物だ。
だが,今日の目的はここではない。

大隈講堂の目と鼻の先,日本のガウディと紹介する人もいる梵寿綱(ぼん・じゅこう)の和世陀(わせだ)はある。
半端ないガウディ感だぞ!
だが,これはサイケだ‼  ガウディではない。
 
旅先などで不意にガウディに出会う喜びもある。
富士山あたりからの帰り,寄り道した辻が花の久保田一竹(くぼた・いっちく)美術館のエントランスは,まさにグエル公園だった。
 
 

◆建築の魅力

 
オペラを称して総合芸術という。
建築は,工学的技術とデザインの統合である。
フニクラと呼ばれるガウディの逆さ吊り模型の実験は,伝説の類(たぐい)かもしれないが,構造と意匠の相即不離の関係を物語っている。
 
世界中のどんな名画でも,飛行機に乗せて運んできてしまえば,触れるほど間近に鑑賞することができる。
あのフェルメールの真珠の耳飾りの少女にだって,上野の森で逢えたのだ。
 
しかし,建築は動けないから読んで字の如く不動産なのである。
こちらから訪問しなければならない。その代わり,外壁であればたいてい手で触れる。
叶うなら,建物の中に入って,内部の空間や装飾も楽しみたい。

そもそも建物は,住んだり働いたりする人のために建てられたのであって,使うことが予定されている。だから,電気,水道といった設備も,ツウには見どころのひとつとなる。
建物は使われることで古びたり改修されたりして変わっていく。それが味であり面白さであり儚(はかな)さである。
 
 

◆サグラダファミリアを3日で完成させる

 
完成までに300年はかかると予想されたサグラダファミリアが,ガウディ没後100年となる2026年に完成するそうだ。

そのとき,人は問うだろう。
完成してしまってよかったのだろうか。
そもそも完成なんて,あるのだろうか。
 
サグラダファミリアのペーパークラフトをネットショップで買ってみた。
プラモデルで有名なドイツレベル社のもので,194個のピースを型から抜いて組み立てるだけ,少し厚みがあって軟らかいスチレンボードというのか,ハサミも糊も要らない,説明書に難しい文章はなく図を見ながら何となく組み合わせていけばよい3Dパズルというもので,作るのに苦労はなさそうだが,26の工程が必要で,ほんのちょっと気が遠くなる。
毎晩作って,およそ1/500のスケールのサグラダファミリアが3日で出来上がった。

バルセロナに行きたい。
カタルーニャに,ガウディに思いを馳せる。

 

notes
 

1 “造家”と訳されていたarchitectureを芸術的な意味合いを込めて“建築”と訳し変えたのは,伊東忠太である。帝大の造家学科も建築学科と改称され,以後,造家は死語となった。
 
2 築地本願寺の設計を忠太に依頼したのは,西域の発掘調査で有名な大谷探検隊を組織した浄土真宗本願寺派第22世法主,大谷光瑞(おおたに・こうずい1876-1948)である。光瑞は,忠太の盟友であり,荒俣宏の『帝都物語』にも登場するのだから,怪人物と言ってよかろう。
 忠太は,自身の設計した大僧堂などがある曹洞宗大本山總持寺(横浜市鶴見区)に眠っている。
 
3 アントニ・ガウディ(1852-1926)は,モデルニスモ(modernismo. カタルーニャ語でmodernismeモダルニスマ)を象徴する建築家である。英語では,modernismであるが,近代合理主義・機能主義に立脚して1920年代に成立したコンクリートの四角い白い箱を思い浮かばせるモダニズム建築とは無関係。むしろ反対に,曲線と過剰ともいえる装飾に彩られた19世紀後半から20世紀初頭にかけて花開いたスペイン,カタルーニャ地方の建築様式である。ウリオール・ブイガス(稲川直樹訳)『モデルニスモ建築』(みすず書房2011)
  ラナシェンサ(カタールニャ・ルネッサンス)の活気に満ちたこの時代,ガウディだけでなく,多くのモデルニスモの建築家が輩出した。その筆頭,リュイス・ドメネク・イ・モンタネール(1849-1923)については,森枝雄司『ガウディになれなかった男』(徳間書店1990)
 われわれがこれぞガウディと感嘆している絵画的表現の多くが実はジュゼップ・マリア・ジュジョール(1879-1949)のものであることについては,森枝雄司『ガウディの影武者だった男』(徳間書店1992)
 もっとも,もちろんガウディ自身も,建物に生命を吹き込むためには彩色が必要であると述べている。
 モデルニスモの建築には,自然に建物と会話を交わしてしまうような魅力がある。
 
4 “三田のガウディ”ということで,話題の人もいる。蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)
 聖坂(ひじりざか)をはさんではす向かいに,丹下健三(1913-2005)のモダニズム建築,クウェート大使館が建つ。
 
5 マウリッツハイス美術館展―オランダ・フランドル絵画の至宝(東京都美術館2012.6.30~9.17)で,真珠の耳飾りの少女が来日を果たした。
 
6 ウィトゲンシュタインは,建築も嗜んだ。明晰かつ厳密な彼のデザインは,哲学的な美しさを湛えている。バーナード・レイトナー編(磯崎新訳)『ウィトゲンシュタインの建築』(青土社2008)
 
7 ガウディの言葉
「人間の創り出すもの全ては大自然の偉大な著作に書かれている」(勅使河原宏監督・武満徹音楽『アントニー・ガウディ』)。
 忠太も同じような趣旨のことを述べている(DVD紀伊國屋書店評伝シリーズ『学問と情熱第28巻 幻視の建築巨人 伊東忠太』)。
 
 
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平沼直人(弁護士,医学博士)
 
 
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