自由な立場で意見表明を
先見創意の会

最近の進歩を踏まえて、我が国のDXをどう進めるか

佐藤敏信 (久留米大学教授・医学博士)

はじめに

私は、これまで「医療機関におけるDXはなぜ進まないか~その根底にあるものを探る~」、続けて「医療以外の現場のDXは進んでいるのか?」と題して投稿した。それから半年以上が経過したが、実感できるほどの進歩はない。そこでしつこいようだがDXをめぐる最近の動き、そしてその実現に向けての提言を書くことにした。

これも一度本欄で書いたが、日本においては、「努力」、「コツコツ」それ自体が自己目的化され美化されている。努力するぞと気負わずに成果が上がるのなら、その方がいいはずだ。今こそ発想を転換すべきだ。DX推進の基本は、機械にできることは機械に任せて、人間は人間にしかできないこと、たとえば全体の調和などにエネルギーを再配分すべきなのだ。そもそも、DXは手段であるので、導入するかどうかではなく、不要な工程、意味のない手続き、時代にそぐわなくなったルールをまず廃止することから始めるべきなのだ。押印による意思の確認、戸籍謄本による本人確認などは、原則廃止すべきである。これをしないまま、「マイナンバーカードを使えば戸籍謄本がコンビニで入手できます。」とし、そうやって入手したものを郵送するという手続きはナンセンスと考えるべきである。

医療DXの工程表

これも、冒頭の拙稿の中で述べたのだが、今、見直してみてもマイナンバーカードの健康保険証の一体化の加速等、全国医療情報プラットフォームの構築、電子カルテ情報の標準化等、診療報酬改定DXなどの文字が並ぶだけで、国民がその恩恵を実感できるまでには道遠しと言う感じである。(※注2)
電子カルテ情報の標準化等に関連して言えば、ChatGPTその他の出現により、非構造化データのままで、しかも瞬時に処理することが可能になった。正確性という点ではなお問題は残るが、それでも標準化(構造化)のための関係者の合意の取り付けに長い期間を要しているよりはよほど生産的だろう。

DXを推進する上で

医療機関の場合で考えると、いざ導入しようとしても、幹部職員の合意や他のシステムとの統合、そして最終的には費用だろう。そうした一連のことを考えるだけで暗澹たる気持ちになり、今やらなくてもいいだろうとか、私の部署が発案者になってやらなくてもいいだろうということになり、結局は先送りになってしまうのだろう。

しかし前述のChatGPTその他出現とその後の驚異的な進歩により、こうした合意や調整によらなくとも、ひとりひとりの身近なところからDXが推進できる可能性が出てきた。

たとえば、入力系である。キーボードやマウスによる入力は今でも相当に忍耐を強いる作業であるが、これは今なら大幅に軽減できる。私は1998年にIBM ViaVoice(※注3)が発売されたときに飛び付くように購入した。しかし、当時の貧弱なCPUの上で、スタンドアローンによる処理を基本としていて、しかも単に音声を処理するという方式のため、認識能力の低さと処理能力の遅さとに辟易し、結局は2か月ほどで使わなくなった。それから25年が経過し、今の Windows11のVoice Typingを使ってみると、AI解析が行われているため、相当の認識レベルにあると言える。その一つ前のWindows10のままでは、google doc以外では音声入力できないはずだったが、chromeやEdgeのエクステンションであるVoice In – Speech-To-Text Dictationを利用することによりウェブ上のいろんなサイトでVoice Typingとほぼ同程度の認識レベルで入力できようになっている。ともかく、実感するのは、タッチミスによるイライラから解放され、「思考」そのものに時間をかけることができるということである。

こうして入力した内容をChatGPTに放り込むと、ほとんど瞬時と言っていいぐらいのスピードで要約をしてくれたり表を作ってくれたりする。病院の医師と話をしていても「病棟回診で喋った内容がそのままカルテに記録されるといいのにな。」とか、「退院時サマリーを書くのが面倒だ。」などと、 40年前と全く変わらない悩みだ。ChatGPTに代表される昨今のこうした進歩は、しばしば深層学習=ディープラーニングの進歩で説明され、具体的にはCT画像を読んでくれるとか病理の標本を読んでくれるなどの事例が紹介されている。しかしもっと手の届くところで言うと、構造化されていない会話・自然文、画像、音声のような構造化されていないデータを集計・分析できるようになったことだ(※注4)。例として挙げた医師の悩みなどは、こうしたツール・アプリで、明日からでも導入・改善できるはずだ。

おわりに

整理する。楽に迅速に仕事をこなすことを「目標」にすべきであって、DXはあくまで「手段」と捉え、「目標・目的」にしないこと。

不要な工程、意味のない手続きなどはDXの導入にかかわらず、どしどし廃止すべきである。

「非構造化データ」のままでも相当の処理が可能になったことを踏まえて、現状「構造化データ」による集計・分析を念頭に置いている政府や企業の改革の方向自体を大胆に見直すこと。

古くて新しい問題だが、入力系を精査することである。マウスやキーボードによる入力はできるだけやめること。特に紙に印刷されたものを目で見て再度タイピングしていくような作業は原則禁止にするくらいのことが必要。

DXの導入により、楽をして、余った時間を文章や構成の枝葉末節ではなく、アイデア自体の創出や全体構成の検討に使い、さらには余暇に使うべきだ。

【脚注】
※注1 本稿や以前の稿で私が述べたことと同様の内容を、野口悠紀雄氏が直近の現代ビジネス(2023.12.3)で書いている。
※注2 医療DXの行程表(内閣官房HPより)
※注3 IBM_ViaVoiceとは(Wikipedia)
※注4 「構造化データと非構造化データ」(総務省統計局HP「データサイエンス(機械学習のアルゴリズム)によるデータ解析が社会にもたらす変化」資料 p.14)

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佐藤敏信(久留米大学教授・医学博士)

◇◇佐藤敏信氏の掲載済コラム◇◇
◆「マイナンバーカード騒動に思う」【2023.9.5掲載】
◆「医療以外の現場のDXは進んでいるのか?」【2023.5.2掲載】
◆「医療機関におけるDXはなぜ進まないか ~その根底にあるものを探る~」【2023.2.7掲載】
◆「新型コロナ診療にかかる日本の医療と病院の現状について、正しい理解に基づく議論を期待する」【2022.7.26掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2023.12.05