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先見創意の会

医療以外の現場のDXは進んでいるのか?

佐藤敏信 (久留米大学教授・医学博士)

はじめに

前回、医療機関におけるDXはなぜ進まないか~その根底にあるものを探る~と題して拙文を投稿した。文中で「実際に目覚ましい進歩を遂げているかというと、その実感はなく、医療の現場においてはなおさらだ。」と書いた。しかし、その後、思うところがあったので、その続編を書いてみた。

医療以外の現場はどうなのか

結論から言うと、ほとんど進んでいないという印象だ。昨年末に筆者の母が死去したので、相続とその関連で、銀行口座の解約の手続き、それに納税その他の支払いの手続きをした。その経験も交えて言うと、むしろ医療の方が幾分ましかもしれない。

そもそも、21世紀になってからもうずいぶんたつのに、いまだに本人確認に戸籍(謄本等)と実印を用いている。被相続人と相続人との関係を明らかにする意味で戸籍が必要と言うのはまだわかる。しかし、実印(に代表される印鑑制度)はどうだろうか。どんなに複雑な彫刻をしようと、今やコンピューターを使って簡単に複製できる。にもかかわらず、金融機関では、実印の真正性を確認するために、特別の機器を用いることもなく、目視によるパラパラ漫画風の「残影照合」を行っているのだ(※注1)

もちろん、官公署も重症だ。原戸籍の取り寄せに「定額小為替を送れ。」と言う。わずか50円の定額小為替の発行に、手数料が200円だ。そもそもそういう料金支払いの方法もあったなと、昭和の記憶が呼び覚まされた。何とか発行してもらって官公署に送ったと思ったら、1週間ほどして今度は「おつりが出ました。」と言って、その分を切手で返してきた。そもそもなぜ請求くらいはネット経由でできないのか。住民は、わざわざ郵便局まで足を運んで、請求のお願いとともに高い手数料を払って、それを同封して送付しないといけないのか。官公署からの返金は切手が許されるのか。それなら少額の決済は、住民の側も切手でいいのではないか。そもそも次項のような、先進的な手続きや支払いは導入できないのか。

明るい兆しもあるにはある。マイナンバーカードの利便性がじわりと向上しつつある。当初は、住民票や印鑑証明書がコンビニで入手できるという程度でしかなかった。考えてみると、こうした旧態依然たる制度で本人確認等の事務を行っているために、わざわざハイテクを使って発行する仕組みを導入せざるを得なかったというのが実態だ。住民の利便性は少しは向上したのかもしれないが、ローテクを温存するためにハイテクを使用するというのは、そのこと自体が矛盾している。それでも、今年になって保険証確認はスタートしたし、 5月にはスマホ搭載も可能になるという。

昔から先進的な業界、企業もある

それにしても、私のこのような不満が出るのは、一部の業界や業種で、ものすごいスピードでDX化が進み、利便性が飛躍的に向上しているからだ。個別の企業の宣伝をする気はないが、新生銀行とpaypayを例にとる。

まず新生銀行(現・SBI新生銀行)だが、元は長期信用銀行で、2000年頃、その本店は、筆者が勤務していた厚生労働省のすぐ傍にあった。私が友人に「新生銀行が便利だ。銀行に行かず、郵送で口座を開設できる。手数料も基本的に無料だ。」と話したところ、友人は「自分も(郵送でなく)本店で口座を作りたい。」と言う。私も同行した。そこでは驚きの連続だった。まず、窓口の女性がいない。当時は本店の中に、今は懐かしいYahoo! Cafeがあった。そもそも銀行の中にそういうスペースがあること自体が驚きなのだが、友人が「口座を開設したい。」と言うと、コンシェルジュ風の女性がそのYahoo! CafeのPCの前に座らせて、自分でキーボードを叩いて住所、氏名その他の必要事項を入力するように言う。顧客自身の入力なので、銀行側の人手は不要なのだ。入力が済むとソファに案内され、そこで30分ほど待つと、もうキャッシュカードが発行された。口座開設に当たって、印鑑で登録したければそれもいいが、基本はサインである。通帳はない。そもそも実店舗が現金を取り扱わない。現金が必要なら片隅に設置された(自行の専用機ではない)セブン銀行のATMを利用するように言われる。このATM、硬貨を扱わないし、通帳がないから印字の仕組み=プリンター機能が不要だ。したがって製造コストも安いようだ。ともかく一連のコスト削減の仕組みが素晴らしい。それだからなのか、一定の条件を満たせば、送金もATMの入出金についても、手数料は原則無料だ。

次にpaypayとpaypay銀行だ。これも利便性が桁違いだ。paypayがコンビニや飲食店の支払いに利用できるのは当たり前として、友人その他との少額資金の即時のやり取りに手数料なしでpaypayを利用できる。最近は、納税も公共料金支払いもできるようになった。バーコードによるコンビニ支払いがスタートしたときに、ずいぶん便利になったものだと感心したが、最早コンビニに行く必要さえなくなった。私の場合、冒頭に述べたように母の死によって銀行口座が閉鎖され、税や公共料金の自動引き落としができなくなったのだが、「口座からの引き落としができませんでした。」と言って送付されてくるコンビニ支払票を、スマホのpaypayアプリでスキャン読み取りすると、その場で瞬時に納付できる。

paypay銀行もすごい。元はジャパンネット銀行で、当初から通帳や印鑑がなかったが、最近、先ほどのセブン銀行ATMに行けば、スマホを使って入出金ができるようになった。最早キャッシュカードさえ不要になった。入出金や振り込みの手数料についても、一定の制限はあるものの、原則無料と考えていい。

従来型の金融機関は

この現状で、従来型の金融機関はどうしているか。結論を言えば、ほぼ「無策」だ。三井住友銀行など一部の銀行だけが、この現状を理解しているらしく、たとえば「ことら送金」を始めたのだが、いくつかの条件があり、上記のようなネット専業銀行のレベルには到底追い付いていない。いずれにしても新生銀行の衝撃から20年以上が経過してこのありさまだ(※注2) 。利用者の利便性などまったく考慮しない「営業時間」についてはもっと問題なのだが、ここでは触れない。

もちろん、金融機関側に同情すべき余地もある。昭和の時代の預金過誤払請求事件の判例(※注3) 、それに近年では「金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律(※注4) 」の施行もあり、本人確認に神経をとがらせているということなのだろう。しかし、前段について言えば、通帳の真贋の確認と印鑑の平面照合が念頭にあるはずであり、先ほどのネット専業銀行の場合にはほぼ関係ない(※注5) ということになる。

こうして考えてみると、従来型の金融機関は、現金主義を基本に、自分たちが大昔に決めた印鑑至上主義と通帳の使用を含めた本人確認の方法に拘泥し、そのコストを利用者に転嫁しているということになるだろう。そして多くの純朴な利用者たちは、自分たちの慣れ親しんだルールの非合理性、非効率性に疑問を差し挟むこともなく、唯々諾々と従っている。「さすがにみんなそれくらい気付いているよ。今は違う。」とおっしゃるかもしれない。本稿を書いているのはゴールデンウイーク直前だが、今、各金融機関のATMコーナーを覗いてみるといい。東京都心においても、現金引き出しの大行列ができている。コンビニATMだと手数料を取られるということなのだろう。

医療の世界ではどうか

医療の話に戻そう。本人確認に相当するのは「保険証の確認」だろう。どの病院においても、保険証と受診券の確認のために、患者さんたちが機械の前で並んで待っている光景が見られる。印鑑登録証や戸籍謄本を要求されないだけましというところだが、前述の通りマイナカード保険証はすでにスタートした。それでも、先の先進的なネット専業銀行等の例から見ると、もう少し努力が必要だろう。

保険証と受診券の確認が済んだ後の、総合受付における初診理由の記載も前時代的だ。来院してから立って鉛筆で書かされるなど、昭和の金融機関の風景でしかない。しかも、各科に行けば同じ内容をまたもや書かされる。さらに続きがある。公道を挟んで向かい側にある調剤薬局においても、同じような内容の記載を求められる。老眼も進み杖を突いたような高齢の患者さんに、同一日に3回も同じことを書かせて、関係者はおかしいとは思わないのだろうか。事前にネットでダウンロードして、(どうしてもということなら手書きでもいいが)PCやスマホで入力してから来院するだけでどれほど心身の負担が軽減するだろう。その内容は各科に(電子的に)伝えればいいし、調剤薬局にも(必要なところだけ)伝えればいい。先ほどの金融機関ほどではないが、効率化しよう、コストダウンを考えようという気は希薄のようだ。

医療のDXを考えるなら、まずはこういう簡単なことから着手してはいかがだろうか。

終わりに、マイクロソフトのビルゲイツの言葉を紹介する。「難しい仕事があるとき、私は怠け者に任せる。だって怠け者は、仕事を簡単に片づける方法を見つけ出すからね。」

日本人は、どうにもまじめで、煩雑な手続きを根気よく丁寧にこなすことが大好きなようである。

【脚注】
※注1 初校を提出した後、 5月6日の文春オンラインにこんな記事が載った。『「戸籍謄本全部集めて」「お父さんをおんぶして2階まで来て」「口座情報は開示できない」…銀行に無理難題を押し付けられた森永卓郎(65)が陥った“相続地獄”』。 森永氏の2021年の著書「相続地獄」の抜粋らしい。氏は何事においてもユニークなお考えをお持ちの方なのだが、この記事に関する限りは共感できる。これほどの知識と経験があっても、自身の銀行や戸籍をめぐる手続きにおいては、相当の苦労をなされたことがうかがい知れる。それほどでもない多くの方は、銀行や官公署の要求や指示に黙々と従っておられるのだろう。
※注2 初校を提出した後、5月2日の日経新聞にこんな記事が載った。「Appleの預金口座開設は30秒 既存銀行は生き残れるか 教えて山本さん!BizTech基礎講座」既存の銀行に、この衝撃は伝わっているのだろうか。
※注3 最高裁判例(1971年、民集 第25巻4号492頁)など。
※注4 2002年成立。2008年、犯罪による収益の移転防止に関する法律の全面施行に伴い廃止。印影の平面照合の徹底など過誤払い対策のためではなく、テロ資金供与防止条約を受けてのもの。
※注5 電子的な本人確認の方が、いざ問題が起こった時に大規模化する危険性はある。Yahoo! Caféのようなネットカフェでは、キーロガーが仕掛けられていたこともあった。それでも、日々改善が図られ、当初のパスワード入力方式に始まり、ワンタイムパスワード発行機の導入・配布、生体(指紋)認証、さらには最近のスマホも使った二段階認証などへと進化している。

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佐藤敏信(久留米大学教授・医学博士)

◇◇佐藤敏信氏の掲載済コラム◇◇
◆「医療機関におけるDXはなぜ進まないか ~その根底にあるものを探る~」【2023.2.7掲載】
◆「新型コロナ診療にかかる日本の医療と病院の現状について、正しい理解に基づく議論を期待する」【2022.7.26掲載】
◆「公衆衛生しか知らない医師だが、ウクライナ問題を考察してみた」【2022.3.29掲載】
◆「新型コロナ下の報道と衆議院選の結果から見えた日本のマスコミの限界」【2021.12.7掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2023.05.02