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先見創意の会

新型コロナ下の報道と衆議院選の結果から見えた日本のマスコミの限界

佐藤敏信 (久留米大学教授・医学博士)

この国でマスコミの批判をすると、あとでどういうしっぺ返しを食うか分からないので、恐る恐るなのだが、それでも書くことにした。

最初に言っておくと、私は元々医系技官である。過去にもいろいろと批判はあったが、日経新聞・ニッポンの統治「危機にすくむ1 国むしばむ機能不全 コロナ下に自宅で尽きた命」(日経オンライン・2021年11月22日掲載) 中の批判には驚かされた。記事全体の主張は、記者や報道機関の考えだから、これをどうこう言っても仕方ない。それでも、その少し前の記事「コロナ飲み薬、早期診断・投与で効果 検査目詰まり課題」とも合わせて読み解くと、そうした主張の根拠になっているのは、「(PCR)検査の目詰まり」(日経オンライン・2021年11月11日掲載) であって、それを引き起こしているのが医系技官ということのようだ。

それにしても、この期に及んでどういう「目詰まり」があるのか教えて欲しい。確かに2020年の早い時期には、そういうこともあったかもしれないが、今の処理能力からみて、もはやそういう状況にはないだろう。また、感染者が今よりもずっと多い時期においても、確率論(※注1) に立脚した多くの専門家からは、「事前確率」が低い場合には検査の実施による誤差や混乱の弊害の指摘(※注2) があったはずだ。

多くのマスコミは、2020年の早い段階から韓国のPCR検査を褒めそやし、無症状者も含めてPCR検査を幅広く実施すべきとしていたが、それが有効なのなら、現在のドイツや韓国の惨状をどう説明するのだろうか。

振り返ってみると、新型コロナの報道は、最初からわが国の政治・行政の施策への批判の連続だった。緊急事態宣言その他で日常生活が制限され、経済状況も悪化したことへのイライラは分かるが、いつの間にか批判自体が自己目的化し、最終的には政権交代の材料へと変わってしまった。

今年に入ってからも、国民に自覚を呼びかけるメルケルの演説を褒め称え、それと比較しての日本のリーダーのふがいなさを嘆く記事 もあった。確かに演説は感動的で国民の感動を呼んだかもしれないが、今となっては感動を生む演説だけではコロナの蔓延は防げないということが分かった。

マスコミは、政治・行政に対しては、しばしば過去の失敗を検証し、反省せよと迫るが、この1年半以上にわたる報道とその帰結をどう検証し、反省してくれるのだろうか。

政権与党批判と並んで冒頭の医系技官批判も周期的に報じられる。今回の日経の主張も、元はほんの数人の「専門家」の意見(※注3) の引き写しであることは容易に想像できるのだが、それら「専門家」の新型コロナについての予言やご託宣は、今になってみればいずれも大きく外れていることを指摘しておきたい。いずれにしても、多くのマスコミは政治・行政批判には疑いもなく飛びつき、エコーチェンバー現象、古い言葉で言えば、一犬虚に吠ゆれば~状態となって世間に流布してしまっているのだが、そのことには気づいていないようだ。

筆者としては、新型コロナのように科学の分野でこれなのだから、政治や経済のように価値観の分かれる分野では、なおのこと国民の多くが信用してしまい、大変なことになるのではと危惧していた。ところが、先の衆議院選の経過を見て、その予想はいい意味で裏切られた。改めて言うまでもなく出口調査も含めて各社の事前の予想は大きく外れた。そもそも従来の世論調査や出口調査のやり方ではバイアス、とりわけセレクションバイアスが生じるようになったことに気づいていなかったようだ。またそうした調査・統計をどう解釈するのかという知識もなかったということだ。繰り返しになるが、内心では政権交代すら期待していたのだろう。特に衝撃的なのは、若者が自民党支持に傾き、むしろ高齢者でその逆との結果が鮮明になったということだ。マスコミにとっては聞きたくもない事実だろうが、もはや若者はマスコミを信用していないということだ。総務省の調査結果(※注4) がその現実を突き付けてくる。

若者を中心に、情報に流されることなく、その取捨選択をして自分の頭で行動をするというスタイルが定着しつつあるということなのだろう。そのせいか、ワクチン接種率が世界一となっても油断・慢心することなく、屋外ではみんなマスクを着けたままで生活している。その結果が、世界のマスコミや専門家には驚きをもって迎えられているのだが、相変わらず「アジア最大級、最悪級の感染者が出た」などと言い出すジャーナリスト(※注5) がいて、多くの国民の理解とは乖離していることに驚かされる毎日である。

[注記]
※注1 ベイズ統計を参照されたい。
※注2 『僕が「PCR」原理主義に反対する理由-幻想と欲望のコロナウイルス』(インターナショナル新書)岩田健太郎 著  参照
※注3 一つ一つ記事を挙げて指摘するつもりはない。しかし、この期に及んでも大新聞社系の雑誌に同様の主張が掲載されているのを見た。
※注4 総務省 「令和2年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」の結果参照。若い世代は最早新聞を読んでいない。もちろん、各新聞社はヤフーニュース、スマートニュース等へ記事を提供していて、若い世代はおそらくそれを読んでいるので、一定の影響力はあるだろう。
※注5 個人攻撃が目的ではないので、あえて具体的に挙げないが、新型コロナについてのマスコミ全体の理解力のなさや「本心」が現れていると思う。

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佐藤敏信(久留米大学教授・医学博士)

◇◇佐藤敏信氏の掲載済コラム◇◇
◆「コロナ禍は地域医療構想にも影響を及ぼすか?」【2021.8.3掲載】
◆「コロナ禍の中でウイルスの生存戦略に思いを巡らし、我々の取るべき態度を考える」【2021.4.20掲載】
◆「コロナを「正しく恐れる」とはいうものの」【2020.12.22掲載】
◆「コロナ禍の中でわが国の感染症の歴史を知る」【2020.9.8掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2021.12.07