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「戦後平和主義」では平和を守れない

榊原智 (産経新聞 論説委員長)

「地獄への道は善意で舗装されている」という欧州のことわざをご存じですか。ひどいことは善意から行われがちだ―という意味です。

このことわざが当てはまる動きは現代日本にも存在しています。

たとえば、戦争反対や平和を唱えつつ、平和を守るための防衛力の充実には執拗に反対する動きがそれにあたります。このような動きを導き出す考え方を「戦後平和主義」と呼びたいと思います。

強調したいのは、「戦後平和主義」では平和を守ることはできない、ということです。一見、平和を追求しているようですが、実践すると抑止力が弱まり、かえって戦乱を誘発しかねないからです。

11月23日に那覇市内で、「沖縄を再び戦場にさせない県民の会」という「反戦組織」が「11・23県民平和大集会」を開きました。

翌日付の東京新聞は1面記事で、「『辺野古』『南西シフト』反対 全国で集会」「沖縄の危機感はこの国の危機感」といった見出しで大々的に報じました。県民大集会とそれに呼応する集会が全国各地で開かれた、という内容です。

東京新聞の記事は、この県民大集会は「辺野古新基地建設や自衛隊の南西シフトに反対する集会」「日米両政府による沖縄の軍事化に反対し、対話による平和の構築を世界へと発信する」集会だと報じています。玉城デニー沖縄県知事もこの集会に出席し、「子どもたちの未来が戦争の未来であってはならない」などと訴えました。

「戦争の未来であってはならない」という点や、対話によって平和を保っていきたいと願うことは、否定するものではありません。ただし、この県民平和大集会はその先がいけません。

県民大集会は「宣言」を発表しましたが、それは米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設や自衛隊の南西諸島防衛の強化に反対する一方、中国や北朝鮮の軍事的脅威の高まりは少しも批判しませんでした。とても残念な内容でした。これでは沖縄県民を含む国民や沖縄を含む日本を守ることはできません。県民大集会の宣言には、軍事的脅威を抑止するという観点が欠落しているのです。

東京新聞は9月26日付朝刊の1面トップ記事で、「沖縄を再び戦場にさせない県民の会」の始動を報じています。この記事は「沖縄発 反戦の輪広がれ」「『再び戦場にさせない県民の会』始動」「防衛強化で危機感 首都圏、呼応する動き」という見出しをとりました。

記事の冒頭では「専守防衛に反するとの指摘がある安保関連3文書の閣議決定や、自衛隊の南西シフトを受けて、沖縄では全県的な反戦組織『沖縄を再び戦場にさせない県民の会』が発足」し、「11月23日に那覇市内で一万人規模の県民大会を開き、党派や世代を超えた全国的な運動を目指す」と記しています。

昨年12月の安保3文書の閣議決定で政府が打ち出した「反撃能力」の導入は、専守防衛違反ではありません。また、「自衛隊の南西シフト」とは、沖縄を含む南西諸島へ自衛隊の配備が進んでいることを指します。これらは、北朝鮮や中国からの攻撃を抑止したり、万一の際に国家国民を守るために欠かせない方策です。

東京新聞の9月26日の記事によれば、県民の会の共同代表の一人は「戦争をさせないという一点で集められた会」と説明しています。記事は「沖縄では、中国脅威論や台湾有事の想定そのものが『日本政府や本土中心の議論ではないか』との不信感も根強い」と記述しました。別の共同代表の「相手を攻撃できる基地があれば攻撃の対象になる」という発言も載せています。

これらは、防衛力、抑止力の効用を真っ向から否定する立場としか言いようがありません。沖縄や日本が軍事的に丸裸になっていれば侵略されず、平和に暮らせていけると考えているのでしょうか。

日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」(電子版)も9月25日付で「再び戦場にさせない 沖縄 県民の会がキックオフ集会」という記事を載せました。記事は集会で「与那国島や石垣島、うるま市、沖縄市などからミサイル配備や軍事増強に反対するたたかいと決意が報告されました」と報じています。

県民の会やそれを肯定的に扱うメディア、政党に共通するのは、平和を守るために防衛力(軍事力)が不可欠の役割を果たしている―という世界の現実を認めていないという点です。世界の民主主義国においても、外交努力と並んで防衛力(軍)の整備が抑止の主体になっている点からも目を背けています。防衛力ばかりを戦争の誘因と決めつける誤謬も犯しています。これは世界の民主主義諸国の平和へのアプローチとは正反対で、真の意味の平和主義であるとは言えないと思います。

抑止力は、防衛力(軍事力)、国民や政治家の国を守り抜く意志などから構成されます。日本を攻撃したり、日本に侵攻したりしようとたくらむ外国があっても、日本を守る抑止力が強ければ「日本攻撃は失敗するかもしれない」「攻撃の狙いを達成できないかもしれない」「日本や日本の同盟国から手ひどい反撃をくらって大きな損害を被るかもしれない」と考えざるを得ず、侵略をあきらめることにつながります。

これが抑止力です。もし不幸にして攻められても、防衛力が強ければ反撃してなるべく少ない被害で相手を退けることが期待できます。

抑止力の重要性を示してくれたのが、ロシアによるウクライナ侵略でした。この侵略はロシアのプーチン政権に全ての責任があります。そのうえで指摘したいのは、ウクライナはロシアからみて防衛力が過小で、共に戦ってくれる同盟国を持っていなかった点です。ロシアの核兵器による恫喝を退ける核抑止の方策も講じていませんでした。

戦前のウクライナは侵略者ロシアに侮られ、その結果、攻め込まれてしまったのです。抑止に失敗したということです。国土は蹂躙され、占領され、無辜の民や兵士が亡くなったり傷ついたりしています。

日本の周辺国であるプーチン大統領のロシア、習近平国家主席の中国、金正恩朝鮮労働党総書記の北朝鮮。いずれも核武装した専制国家です。「力の信奉者」で国際法を踏みにじって恥じません。

外交によって日本に攻めて来ないようにする試みはもちろん欠かせません。ですが、それには日本が抑止力という力を備えていなければ話になりません。力を持たない日本のままでは、いくら外交で働きかけても「力の信奉者」である専制国家は一顧だにしないのです。

そこで日本は自衛隊を持ち、最近は抜本的増強に動いています。米国と同盟を結び、抑止力を高めています。戦後日本で一応の平和が保たれ、独立や自由が守られてきたのは、戦後平和主義や「平和憲法」のおかげではありません。自衛隊と日米同盟、すなわち日米安全保障条約による米軍の存在が抑止力となって平和は守られてきたのです。

前述の県民の会の共同代表は東京新聞の記事で、「相手を攻撃できる基地があれば攻撃の対象になる」とも述べていますが、非武装なら攻められないのでしょうか。

そんなことはありません。もし、台湾有事になれば、台湾本島に近い沖縄の先島諸島や尖閣諸島は中国軍の侵攻、攻撃対象になります。そこに中国軍のレーダーやミサイル部隊を置こうとするでしょう。

ウクライナ・ブチャの虐殺を忘れた人はいないでしょう。ロシア軍に占領され、抵抗する術を持たなかった町の人々は、拷問され、暴行され、射殺されました。防衛力を放棄すれば、占領されてどれほどひどいことをされても抵抗できません。

日本がもし防衛努力を怠り、沖縄が中国の勢力下に入ったらどうなるでしょう。中国共産党政権は中国軍を派遣し、沖縄の島や海、空を軍事的に活用するに違いありません。沖縄で暮らす人々を中国の軍事力行使のために動員しようとするかもしれません。そのとき、集会を開いて抗議しようとしても無慈悲な弾圧に直面するだけではないでしょうか。

「地獄への道」を歩みたくないから、独立と自由を守りたいから、世界の民主主義国も防衛力を抑止力として整備しています。同盟を結び集団的自衛権で守り合う体制もつくっているのです。

沖縄から、日本から、自衛隊や同盟国の米軍を排除したり、その力を弱めるように動く、「戦後平和主義」に基づいた反戦運動では、平和は守れません。平和を願っても対日侵略を誘発しかねません。日本で戦後平和主義に基づく反戦運動が強まったり、反戦運動によって日本の国論が分裂すれば、喜ぶのは誰でしょうか。それは、日本が弱くなることを望む周囲の専制国家の独裁者や政府、軍なのです。

抑止力を高める手立てを講じていくのが本当の平和主義の実践だと思います。

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榊原 智(産経新聞 論説委員長)

◇◇榊原智氏の掲載済コラム◇◇
◆「発想の転換なしには守れない-日本の安全保障」【2023.8.29掲載】
◆「岸田首相は核抑止重視する尹大統領を手本にせよ」【2023.5.9掲載】
◆「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」【2023.1.17掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2023.11.28