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先見創意の会

Chat GTP(生成AI)とつき合う

岡野寿彦 (NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

生成型のAI(人工知能)であるChat GTPの登場から半年(2023年5月末時点)で、世界の1億人以上が使うようになった。単なる面白さにとどまらず、生産性が大きく向上することが実感されてきたことが背景にある。日々の業務やビジネスを大きく効率化する生成AIを使いこなせるか否かで、個人や企業、国家の競争力が左右されると言っても過言ではないだろう。

一方で、主要7か国(G7)デジタル・技術相会合で「責任あるAI」「信頼できるAI」の国際的な基準づくりを目指すことに合意したように、生成AIは答えに誤りが含まれる場合があるほか、透明性の確保や個人情報の保護・機密情報の管理などに課題があるとされる。

本稿では、私たちの生活や仕事、学びに大きなインパクトをおよぼす生成AIとつき合っていくうえで、考えるべきポイントについて私見を述べる。

1.生成AIとは

あらかじめ学習したデータをもとに、文章・画像・音楽・デザインなどを新たに作成するAIを総称して「生成AI」(ジェネレーティブAI)と呼ばれる。Web上の膨大なテキストデータを解析して、入力した質問の回答を出力する。従来のAIはデータの「分析」や「予測」を得意としてきたが、生成AIでは自然言語の対話において高いレベルのやり取りが可能になったことが特徴である。

テレビ番組でもChat GTPに質問や歌詞、料理のレシピの作成を指示して、的確かつ対人のような回答、流ちょうな文章が示されることが紹介されている。筆者が翻訳で使ってみると、日頃活用している翻訳アプリよりも質の高い翻訳文章が示されることがあり、驚いている。このほか、文章の要約、旅行プラン作成などの企画、企画書などの下書き、文章の間違いを見つけるなどの活用が始まっている。また、パソコンやスマートフォンを動かすプログラムのコード生成にも活用され始めている。これまでの生成AIはリテラシーの高い一部のエンジニアなどしか活用できなかったが、Chat GTPは言葉をインタフェースとして優れたユーザー体験を実現し、「誰でも使えるAI」の道を切り開いたと位置づけられる。

生成AIの基本的な仕組み
Chat GTPなどの生成AIは、開発時にネット上の膨大な情報を読み込み、文章や会話の自然な流れを学習したと考えられる。生成モデルと呼ばれる機械学習のアルゴリズム(ものごとを解決するための手順やその計算方法)を用いて、与えられたデータセット(ある目的で集められ、一定の形式に整えられたデータの集合体)から確率分布を学習し、その分布に基づいて新しいデータを生成する。そして、評価モデル(算出された結果の精度を人に代わって評価するモデル)を使用して、出力された文章を正確性、倫理性、有益性などの観点から評価する。コンピューターの性能向上で計算量が大幅に増えたことが、アルゴリズム、データセット、評価モデルから成る生成AIの仕組みを実現する技術的なインフラとなっている。

2.生成AIの課題

生成AIは「人間と同様の思考ができるAI」の実現に近づくものであり、「誰でも使えるAI」として私達の仕事や学び、生活に浸透し得るものである。従って、そのプラスとマイナスの両面を理解したうえで個人、企業および国家のレベルで“つき合い方”を決めて、生成AIの進化やリスクを展望して不断に見直していく必要がある。現時点で議論されている代表的な課題を示す。

(1) 生成AIの最大の課題として回答に誤りが含まれる可能性があることが指摘される。学習したデータに誤りがある場合やデータが少ない場合などは誤りが含まれるリスクが高まる。また、評価モデルが「事実関係の正確さ」を判断する機能には限界があるとされる。
(2) 回答する過程がブラックボックスであり、国家や企業などにより思考・行動の誘導が行われ得る。異なる生成AI(アルゴリズム)の間で人々の思考・行動の「分断」が生じかねない。また、差別や偏見を助長する情報、フェイクニュースが生成されて拡散されるリスクがある。
(3) 質問に個人情報や機密情報を入力することが情報漏洩につながりかねない。
(4) 生成AIを開発する体力のある巨大プラットフォーマーおよび(国によっては)これを管理する政府へのデータと権限が集中しやすい。

AI時代の企業のリスク管理
企業経営の観点では、AIの活用が広がる中で、不適切な活用に対する社会的な批判からサービス停止に追い込まれるなどのトラブルが発生している。また、法規制の動きも進んでおり、欧州連合(EU)ではAIの不適切な活用に高額な制裁金(最大で全世界の売上高の6%)を課すことが検討されている、2023年G7サミットでも、AIの適切な活用が重要なトピックとなった。これらのトラブルや法規制などの狙いに共通するのは、「倫理・社会受容性」への配慮である。

生成AIとどうつき合うか?
大量のデータを学習して分析や予測を行うことにおいて、AIは既に人間の能力を超えていると言える。ただし、AIによる分析や予測を評価し判断する役割は人間が担ってきた。例えば検索機能では、キーワードに対して検索エンジンが表示するウェブサイトの中でユーザーが取捨選択したりまとめたりする手間をかける必要があった。しかし、生成AIは、人間の指示により文章などのコンテンツを生成するものであり、その高レベルの表現力と相まって、ユーザーが「答え」として受け入れることが起きやすい。

個人、企業、国家のいずれの競争力の観点でも、生成AIなどの最新技術を使ってみて、評価し活用していく必要がある。このためにも、生成AIから出力されるコンテンツを評価し判断する能力を、私たち自身が実務や人との交流、書籍などを通じて学習し身に付けていくことが重要だと考える。

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岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

◇◇岡野寿彦氏の掲載済コラム◇◇
「デジタル技術の進化と求められる経営:『中国的経営イン・デジタル』を執筆して」【2023.2.21掲載】
「TikTokの魔力:米国政府も警戒するレコメンド・アルゴリズム」【2022.10.25掲載】
◆「権威主義的な体制・マネジメントの下でイノベーションは生れるのか?」【2022.6.7掲載】
「企業経営の「短期志向」と「長期志向」:中国プラットフォーム企業に見る変化」【2022.2.15掲載】
新技術と向かい合う:量子コンピューターの実用に向けて【2021.11.23掲載】

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2023.06.06