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企業経営の「短期志向」と「長期志向」:中国プラットフォーム企業に見る変化

岡野寿彦 (NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

企業経営において各社が得意とする「型」がある。特に、どのような時間軸(短期志向~長期志向の度合い)で人材や組織が能力を発揮しやすいのか、業種とともに個別企業の特徴があらわれる。

プラットフォーマーなど中国IT企業は、トップダウンで一気にリソースを投入して市場機会を掴む「スピード」「臨機応変さ」が特徴だとされてきた。しかし、デジタル化の進化や政府政策など経営環境の変化の中で、これまでの「短期志向」と合わせて「長期の時間軸を両立」する経営を模索しているように見える。例えばアリババは、2019年に制定した新ビジョンで「規模や力ではなく、102年続く優れた企業になることを追求する」と打ち出した。日本企業にとっても時間軸の立て直しは重要な課題になるのではないか。

本稿は、「異文化マネジメント論」研究を参照して「組織構造、意思決定」や「経営の時間軸」に関する日本企業と中国企業の特徴を概観したうえで、中国IT企業の時間軸の変化を分析し、日本企業への示唆を提示する。

異文化マネジメント論における日本企業と中国企業の経営の特徴

各国の企業経営にどのような特徴があるか、文化的要素を切り口に分析する経営学の分野に「異文化マネジメント論」がある。企業実務においては、他国企業と交渉、提携する際の基礎知識として役立つ。代表的な研究として、G・ホフステード等『多文化世界』(*1) は、IBMの各国拠点の社員を対象として、「権力格差(Power Distance)」、「個人主義と集団主義(Individualism versus collectivism)」、「男性らしさと女性らしさ(Masculinity versus femininity)」、「不確実性の回避(uncertainty avoidance)」という4つの次元での調査結果を分析している。また、エリン・メイヤー『異文化理解力』(*2) は、グローバルビジネスに取り組むための異文化理解を目的に、各国の文化の特徴を、コミュニケーション(ローコンテクスト/ハイコンテクスト)など8つの指標(*3) で分析している。

これら異文化マネジメント論の先行研究から、組織構造や意思決定に関する日本企業と中国企業との特徴を抽出すると図表のようになる。

「リーダーシップ」は、平等主義的(組織はフラット、しばしば序列を超えてコミュニケーションが行われる)と階層主義的(組織は多層的で固定的、肩書が重要、序列に沿ってコミュニケーションが行われる)の度合いの強さで定義される。エリン・メイヤー(2015)によると、米国、北欧企業が「フラット組織」で「平等主義的」特徴が強いのに対して、日本企業と中国企業は「階層主義的」特徴が強いことで共通している。しかし、「権力格差」(権力の弱い成員が、権力が不平等に分布している状態を予期し、受け入れている程度)、「不確実性の回避」(あいまいな状況や未知の状況に対して脅威を感じる程度)および「決断」(トップダウン型/ボトムアップ型)の3つの指標については、日本企業と中国企業とで対照的な違いがある。日本企業は、事業部門や現場の主体性と独立性が高く、「合意形成型」での「決断」(意思決定)の特徴が強い。また、「不確実性を回避」するために、リスク評価と投資回収計画など計画をしっかり立てて意思決定をする傾向が強い。これに対し中国企業は、「権力格差」の存在をメンバーが所与として受け入れる度合いが高く、その「決断」(意思決定)は「トップダウン型」である。また、「不確実性を回避」するよりも、市場機会を掴むためにリスクを取ってでも物事を進めようとする傾向が強い。

もちろん、一口に日本企業、中国企業と言っても、業種や時代、地域、さらには個々の企業によって経営の特徴は異なるが、ここで紹介した異文化マネジメント論の研究成果は、様々な属性の中国企業や企業人と接点を持ってきた筆者の実感からも違和感は少ない。

経営の「短期志向」と「長期志向」

ここまで見てきた日本企業と中国企業と組織構造、意思決定の特徴は、経営の「時間軸」とも相関関係がある。経営の「時間軸」に関する異文化マネジメント論の研究として、宮森千嘉子等『経営戦略としての異文化適応力』(*4) は、「長期志向」の特徴として、「将来成功するために教育に投資し、他国から学ぶ姿勢がある」「仕事はハードに勤勉、たとえ結果が出るのに時間がかかっても、粘り強く、辛抱する」「企業の内部留保は、将来に向けての種まきとして投資される」ことなどを挙げている。一方、「短期志向」の特徴として、「四半期・当年度など短期の財務的結果を重視」「すぐに結果に結びつく努力をする」ことなどを挙げている。

筆者自身の経験および企業人との意見交換に基づくと、日本企業は、事業の継続性を通じた顧客への価値提供、人材のロイヤリティやチームワークを強みとして長期志向の経営を行う企業が多い。「合意形成型」の意思決定と相性が良いのだ。モノづくりが競争の中心だった時期においては、安定した人材・組織を活かした企業内や系列内の密なコミュニケーションに基づく品質のつくり込み、長期的視野に立った研究開発投資で、国際競争力を持つことができた。

一方、筆者が接点を持った中国企業はいずれも当年度の売上・利益を重視する短期志向の傾向が強かった。目標を達成できない幹部が更迭されることも一般的だ。トップダウンでの大胆・スピードある意思決定、リスクテイクが特徴である反面、人材・組織の継続性、組織ナレッジの蓄積に課題がある。例えば、中国政府は自動車産業の育成を重点政策として取り組んできたが、3万点を超える部品を緻密に「摺り合わせ」することが必要なガソリン車の生産において、中国自動車メーカーは競争力を持つことが出来ていない。ガソリン車の生産に必要な組織能力の構築を、時間をかけてでも「やりぬく」ことが出来なかったのだ。しかし、2000年代からのインターネットビジネスにおいては、アリババ、テンセントなどプラットフォーマーはビジネス機会を見つけるとトップダウンでリソースを投入して一気に規模を確保し、「ネットワーク効果」を働かせることで市場を制覇した。このモデルは東南アジアなど新興国にも浸透しつつある。中国企業のトップダウン、リスクテイク、短期志向のスピード感がプラットフォーム・モデルを活かしたビジネス開発にマッチしたと言える。

中国プラットフォーマーの経営の変容

2018年頃からの変化として、プラットフォーマーなど中国IT企業は、短期志向に加えて「長期志向を両立する経営」を志向しているように見える。前述のようにアリババは2019年に制定した新ビジョンで「規模や力ではなく、102年続く優れた企業になることを追求する」と打ち出している。2018年から中国のITなど企業幹部が来日して、日本企業の継続性ある経営や組織づくり・運営について学ぼうとするアクションを取った。

背景には、2015年に中国のインターネットユーザの増加率が減少に転じて、消費者とパートナー企業の「規模」を確保して収益を上げるモデルが限界となったことがある。競争の主戦場がプラットフォーム上で提供されるサービスや商品の品質にシフトし、業務知識などナレッジの蓄積が重要になった。経済成長期から成熟期へのビジネスモデル転換が必要になったのだ。また、中国政府のIT政策が、経済成熟化や米中技術覇権競争に対応して、プラットフォーム・モデルによる経済成長から「基礎技術の研究開発、技術の自立化」「ハイテク企業の育成」にシフトつつあることも背景として挙げられる。アリババなどプラットフォーマーは、量子コンピューターなど技術開発に投資してその成果をクラウドから提供すると共に、ハイテク企業など技術開発や実験のフィールドを提供して、国家の政策に貢献しようとしている。

経営トップが強い権限を持って大きな変革を進めやすい中国企業の組織構造において、「短期と長期の時間軸を両立」する経営の模索がどのように進んでいくのか、日本企業が着目するべきポイントだと考える。

日本企業への示唆

では、日本企業はどうするべきか。筆者は、日本企業はつくってきた強み、特に社員がやりがいを持って力を発揮できる「経営の型」にこだわるべきだと考える。前述のように、現在中国では、「ネットの飽和」によりデジタル化の主戦場は企業サイドの効率化・高品質化に変化している。中国企業人と会話すると日本企業の丁寧に品質をつくり込む組織力、継続性を自分たちに足りないものとして評価している。

そして、強みを活かした経営を行うためにも、日本企業は経営の時間軸を立て直す必要があると考える。本来、日本企業の強みは中長期視点で研究開発や人材教育への投資を基盤とする組織力だった。しかし、当年度利益や内部留保と将来に向けた投資とのバランスにおいて、前者に過度に傾きつつあることを危惧する企業人の声は少なくない。

同時に、産業構造の転換が進む中で、摺り合わせ、現場力など日本企業の特徴が競争優位の源泉となる事業領域が縮小していくことも直視せざるを得ない。強みを守りつつ、水平分業化を牽引する米国、中国企業とオープンな環境で補完関係をつくれる経営力を磨くべきだ。このためには、米国、中国企業の短い時間軸に対応して経営成果を評価して意思決定する能力をも備えていく必要がある。

メリハリの利いた長期と短期の時間軸を両立する経営を、日本企業も自らの特徴を踏まえて、目指していく必要があるのではないか。

【脚注】
(*1)G・ホフステード & G・Jホフステード & M・ミンコフ著『異文化世界:違いを学び未来への道を探る』(有斐閣、2013年)、文中では「G・ホフステード等(2013)」
(*2)エリン・メイヤー著『異文化理解力:相手と自分の真意がわかる』(英治出版、2015年)、文中では「エリン・メイヤー(2015)」
(*3)①コミュニケーション:ローコンテクスト/ハイコンテクスト、②評価:直接的なネガティブ・フィードバック/間接的なネガティブ・フィードバック、③説得:原理主義/応用主義、④リーダーシップ:平等主義的/階層主義的、⑤決断:合意志向/トップダウン式、⑥信頼:タスクベース/関係ベース、⑦見解の相違:対立型/対立回避型、⑧スケジューリング:直線的な時間/柔軟な時間
(*4)宮森千嘉子・宮林隆吉著『経営戦略としての異文化適応力』(日本能率協会マネジメントセンター、2019年)

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岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

◇◇岡野寿彦氏の掲載済コラム◇◇
新技術と向かい合う:量子コンピューターの実用に向けて【2021.11.23掲載】
中国プラットフォーマーのヘルスケアビジネス:収益化に向けた課題と取り組み【2021.6.22掲載】
◆「中国の個人情報保護法制からの考察:データを活用したイノベーションとプライバシー保護のバランス」【2021.3.9掲載】
◆「アリババ『相互宝』(相互見守り型医療共済):デジタル化による中国社会の変容」【2020.11.17掲載】
◆「中国医療テックの動向と課題」【2020.8.18掲載】
◆「プラットフォームと国家デジタルインフラ」【2020.4.28掲載】

2022.02.15