中国の個人情報保護法制からの考察:データを活用したイノベーションとプライバシー保護のバランス
岡野寿彦 (NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)
日本と中国を代表する大学院法学研究科の研究交流会で、企業人の観点で報告する機会を得た。テーマは「個人情報保護法制」。中国のプライバシー保護について、日本では「監視社会」や「便利さと引き換えにプライバシーを犠牲にしている」といった見方が定着している。一方で、中国市民のプライバシー意識は着実に強まっており、変化を捉えていくべきである。
個人情報保護法制の整備
中国では個人情報保護法(草案)が2020年10月に公布された。EUの一般データ保護規則:GDPR(General Data Protection Regulation)も参考として、企業などが個人情報を取得・処理する際に「事前に本人に告知して同意を得る」ことを原則に据えている。例外として、「法定の職責又は法定の義務の履行に必要な場合」、「公共の利益のためにニュース報道、世論監督等の行為を実施して合理的範囲内で個人情報を取り扱う場合」などでは個人情報を取り扱うことができるとされ、政府による裁量が残されている。この点を除くと、少なくとも文言上はGDPRと同等の厳格な個人情報保護をルール化する意思が示されているように見える。中国の監視社会は確実に進む一方で、個人情報保護のルール化は世界の情勢を踏まえて着実に進んでいる。この両面を見る必要がある。
個人の同意のもとにデータを利用し、価値を引き出す力
個人情報保護法制に関する中国研究者の問題意識は、「個人情報保護とデータを活用したイノベーション創出とのバランスをどこで取るか」に集中していた。これは、中国に限らず日本においても直面する課題である。データ流通を促進し自由な競争の中でイノベーション創出を図る米国、プライバシーという基本的人権の保護を基本哲学としながら、個人の安心感を増すことでデジタル単一市場づくりを目指す欧州。米国と欧州の間でも個人情報保護に関する哲学や経済・産業政策は異なるが、その両方とうまくやっているように見える日本は「どこにバランスを取ろうとしているのか」を質問された。中国では、法整備により大枠のルールを定めたうえで、運用は「イノベーション創出と個人情報保護との両立」を模索しながら柔軟に行われていくだろう。では、日本はどうするか。
デジタル化が進展するなかで、消費者のネットとリアルに跨る行動データを分析して、その潜在ニーズに応じて製品やサービスを開発することが競われている。日本においても、企業は、個人データの利用に関して、顧客やユーザーからの安心、信頼を得なければ「良質の体験(Customer Experience)」を提供することが難しくなってきている。ヤフーは「データエコノミー型企業」への転換の目玉として「信用スコア」事業を位置付けたが、「個人情報が勝手に外部に提供される」との批判が広まり、サービス化を中止せざるを得なかった(2019年)。企業は、個人の同意のもとにデータを利用し、価値を引き出す力を強化していく必要がある。
医療における個人情報保護と活用
医療分野において、日本では2000年の時点で「医療分野における個人情報保護について」(厚生省)が、医療分野における個人情報の範囲が広範囲になるなかで、「個人医療情報については、その保護を一層図っていく必要がある」とする一方で、「医学・医術の進歩や公衆衛生の向上及び増進のためには、診断・治療等を通じて得られた個人医療情報を活用して研究等を行い、新たな治療法・医療技術の開発・普及等を進めていくことが不可欠」だと提起している。その後、個人情報保護法、次世代医療基盤法(2018年施行)など、法令、ガイダンスの整備が進められてきた。しかし、健康診断結果、病歴、障害などとりわけセンシティブなデータの活用と個人情報保護を両立するうえでは、他業界と比べても難易度が高い説明の取り組みが欠かせない。医療の質改善などのメリットとプライバシー保護、情報セキュリティー対策について説明を行い、国民の理解を継続的に得ていく必要がある。また、「使えるデータ」を確保するための医療機関相互の運用や、医療関係者のITやデータの扱いに関するリテラシーを高めていくための、粘り強い取り組みが更に重要になると考える。
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岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)
◇◇岡野寿彦氏の掲載済コラム◇◇
◆「アリババ『相互宝』(相互見守り型医療共済):デジタル化による中国社会の変容」【2020.11.17掲載】
◆「中国医療テックの動向と課題」【2020年8月18日掲載】
◆「プラットフォームと国家デジタルインフラ」【2020年4月28日掲載】