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戦争をしている場合ではないロシアと中国

河合雅司 ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長

ロシアはウクライナへの侵略をすべきではなかった。「戦争など愚かしい」と言いたいわけではない。現在のロシアには、世界を相手に戦争をする力などないということである。

ロシア経済は、ウクライナ侵略の前段階ですでに悪化をしていた。コロナ禍の影響もあって2020年からインフレが進み、2021年3月以降のロシア中央銀行は主要政策金利を7回も連続で引き上げていた。こんな状況で戦争を起こせば、西側各国からの経済制裁を受けてさらに困窮することは簡単に予見できた。

ロシアの「金欠ぶりは」驚くほどである。戦地への補給すら十分でない。1日あたりの戦費は2~3兆円とも試算されるが、プーチン大統領が高価な兵器の使用に激怒したとの情報まで漏れてくる。これでは兵士の士気が上がらないのも当然だ。ロシアのGDPは世界11位で、世界全体のわずか1.7%弱でしかなく、長くは持ちこたえられない。遠からず戦費は底をつき、戦争そのものを続けられなくなる。

こんな経済的苦境にありながらも戦争をするというならば、短期で終わらせるしかなかった。だが、戦争というのは思い通りにはならない。事実、ウクライナの激しい抵抗にあって戦闘は長期化した。普通の国家指導者なら、こんな危ない橋を渡ろうとはしないだろう。ロシア政府は、侵略前にどんなシミュレーションをしていたのだろうか。

軍事作戦以外でもロシアは誤算続きだ。最も痛手だったのは西欧諸国がかつてない団結力を見せたことだっただろう。まさか、ロシア中央銀行の外貨準備の凍結や国外送金の国際銀行間通信協会(SWIFT)システムからの排除に踏み込むとは思っていなかったに違いない。各国が素早い対応に出たのは、「ウクライナの次は、自分たちが攻め込まれる」とリアルに危機感を抱いたからだが、そう思わせたのもソ連時代からのロシアの振る舞いにほかならない。

ロシアが、戦争をできない国である理由は、現時点での経済的困窮ぶりだけでない。むしろ、少子高齢化が進み、人口も減り始めていることのほうが大きい。日本がそうであるように、少子高齢化はじわじわと国力を削いでいく。そんな近未来が待ち構えているのに、戦争を仕掛けたのは自らの首を絞める行為である。

ロシア経済発展省によれば2020年のロシアの人口は約1億4680万人だが、ロシア連邦統計局は2021年だけで100万人以上減ったと発表した。コロナ禍による影響もあっての数字ではあるが、かなり速いペースだ。

米国ワシントン大学保健指標・保健評価研究所(IHME)の研究チームの推計によれば、2100年には1億645万人へと4000万人も減る。率に換算すると80年間で3割近くも少なくなる。

実は、人口減少の恐ろしさを一番理解していたのは、ほかならぬプーチン大統領であった。国連よれば、ロシアの総人口はソ連崩壊から間もない1993年の1億4837万4000人をピークに緩やかに減り始めた。同時に合計特殊出生率も低下を続け、1999年には1.17を記録するまでに下がった。

こうした状況に対してプーチン氏は「人口減少は国家危急の問題だ」との認識を示したのである。2006年の年次教書演説で第二子を産んだ場合に補助金を支給する「母親資本」の創設を表明し、翌年からスタートさせた。

しかしながら、合計特殊出生率と出生数のV字回復は長くは続かず、2016年から再び減少に転じた。しかも再減少した主要因が出産適齢の女性人口の減少というのだから、もはや政策ではどうにもならない段階にある。

世界銀行が2016年に発表した報告書によれば、ロシアの勤労世代は今後35年間で約14%減少する。年を経るほど状況は悪化するが、国連はロシアの生産年齢人口(15~64歳)が、2020年の9651万人から、2030年は9037万人、2040年は8865万人に減ると推計している。2100年は7413万人なので2020年の4分の3程度だ。人手不足と内需の縮小が進み、ロシア経済は後退していく。

経済制裁による短期的な影響に苦しんでいるところに、追い打ちをかけて少子高齢化に伴うブレーキがかかってくる。若い世代の減少で社会の活力は急速に失われ、労働生産性は低下するためだ。短期的な経済危機を何とか乗り越えたとしても、本格的な成長軌道に戻すことはかなり難しいだろう。

経済成長が鈍化する一方、高齢化で社会保障費は膨大する。財政を健全化するために年金の給付水準をカットしようものなら政権批判につながる。

ロシア政府も、年金受給開始年齢の引き上げに端を発した国民の反発を経験している。ロシア人の多くは60歳に引退をする。国連の推計によれば60歳以上人口が総人口に占める割合は2020年時点ですでに22・4%を占めており、2050年には30.6%でほぼ3人に1人が該当するようになる。

これに対してプーチン政権は2018年に年金支給開始年齢を男性は65歳、女性は63歳に引き上げる改革を発表したが、各地で大規模なデモが起きたのだ。

国民の不満か爆発したのは、ロシアの平均寿命は日本などに比べるとかなり短いためである。男性に限れば68.2歳(2021年版世界保健統計)だ。年金をもらい始めてから数年で寿命が尽きるような受給開始年齢の引き上げは、「生涯働き続けろ」と言われているようなものだ。

この年金改革案の発表を機に、2014年のクリミア併合時には90%近くあったプーチン氏の支持率は60%台前半にまで急落した。

人心の離反は権力基盤を揺るがしかねず、さらなる長期政権を目指すプーチン氏にとっては看過できないことだ。国民の愛国心をたきつける戦争は支持率挽回の特効薬である。このため、「ウクライナ侵略が支持率回復策として使われた側面もある」との見方もあるほどだ。実際に、ウクライナ侵略後にプーチン氏の支持率は急上昇した。ウクライナ侵略は「プーチンが始めた戦争」とも言われるが、もしプーチン氏の〝保身〟が事実ならば、その引き換えにロシア国民が支払うツケはあまりに大きい。

ウクライナ侵略の結末がどうなるかは、現時点で誰も見通せないが、仮にロシアが勝利したとしても苦境に陥る。経済制裁と少子高齢化によるブレーキがかかる中で、巨額な占領費用を長期間賄い続けることは難しい。もし負けたならば、破壊を尽くしたウクライナから多額な賠償金を要求されるだろう。どう転んでも割に合わない。

戦争が終結しても、ロシアは西欧諸国の資本投資や技術供与を期待しづらい。武器製造に必要な部品を輸入できなくなり、戦力が弱体化していくとも指摘されている。経済面で中国依存を強めざるを得なくなれば、いずれ食い物にされることだろう。

一方、ロシアの失敗は、中国にも通じることだ。南シナ海で岩礁の要塞化を着々と進めるなど「力による一方的な現状変更」の意思を変えようとしない。

中国の指導部が「中国は世界第2位の経済大国であり、ロシアのような苦境に追い込まれない」と考えているならば大間違いだ。中国は、これまで経済成長の源となってきた巨大な人口を急速に失いつつあるからだ。2050年には人口が半減して7億人台になるとの推計もある。

人口激減の予兆は出生数の変化に表れている。中国国家統計局によれば、年間出生数は2019年の1465万人から、2021年は建国以来最少の1062万人に減った。いくら14億人を超す人口を抱える国であっても、わすか2年で400万人も出生数が減るというのは異常だ。

総人口が30年で半減しなかったとしても、生産年齢人口の減少はすでに始まっており、経済成長の低迷と社会システムの見直しは避けられないだろう。

将来的な人口の激減もさることながら、現時点で中国を苦しめつつあるのは高齢化だ。中国も原則として男性の引退年齢は60歳であるが、60歳以上人口が総人口に占める割合は2030年に25.3%。2040年には31.4%となる。

問題はすでに表面化している。1962生まれ以降のベビーブーマー世代が2022年から退職時期を迎えることだ。一般会計における社会保障・雇用関連の歳出は8.4%の伸びが見込まれる。国家財政の逼迫だけでなく、多くの省では年金財政が悪化しており、積立金の枯渇も懸念されている。

中国政府は対策として退職年齢の引き上げを検討しているが、年金受給総額か目減りすることへの国民の不満は強く、改革は見通せていない。

こうした国内事情を無視して台湾への武力行使に踏み切れば、一時的に勝利したとしても長続きはしない。ロシアと同じく自滅の道を歩くこととなる。

少子高齢化というのは、本格的に進み始めたら止められない。いつか国家存亡の危機に追い込まれる。ロシアや中国には、「弱肉強食時代」への回帰を夢見ている暇などないのである。人口減少の影響を甘く見てはならない。

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河合雅司(ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)

◇◇河合雅司氏の掲載済コラム◇◇
◆「外国人と1人暮らしの激増で変わる国のカタチ」【2022.1.4掲載】
◆「米中覇権争いの勝者は? 中国が犯した致命的なミス」【2021.9.14掲載】
◆「急がれる『ヤングケアラー』の救済」【2021.5.18掲載】
◆「DX成功の秘訣は『リスキリング』の充実だ」【2021.1.12掲載】

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2022.04.19