コラム

    • 医療現場の働き方改革に思う

    • 2019年07月09日2019:07:09:05:34:12
      • 佐藤敏信
        • 元厚生労働省勤務・久留米大学教授

◆基礎医学の重要性

 

1983年の4月、医学部を卒業したばかりの私は某県の県立病院にいた。その頃の医師国家試験は今よりは遅く、したがってその合格発表も5月の中旬に、病院内で聞いた。
 
既に厚生省には入省していたので、病院勤務も役人人生の前の「一つの経験」ということではあったが、晴れて医師となった喜びは大きく、私なりに日々臨床に取り組んだ。
 
1年が経過し、私は本来の行政の世界へ戻ることになった。あっという間のことだったが、それでも戻るに当たって、この臨床という世界についてのいろんな思いや考えがよぎった。その中の一つは、解剖学、生化学、生理学、病理学等の基礎があってはじめて、良き臨床医になれるということであった。
 
別の言い方をすれば、人体やその健康・病気というものは患者さんごとに多彩で複雑で、内科や外科の教科書に書かれていることは、文字通り「教科書的には」そうであっても、実際には相当のバリエーションがあるということである。
 
つまり、書かれていることそのままに診療することはできないということである。より具体的に言えば、実際の臨床の現場では、教科書は参考にしつつも、患者さんの容態を見て、解剖学的、生理学的に「自分の頭で」病態を推論して、最適な診療方針を決定しなければならないということである。
 
 

◆薬剤師不足?

 

さて、話を突然に薬剤師の話題に変える。我が国の人口当たりの薬剤師数は今や世界一だそうである。それなのに、関係者に聞くと深刻な薬剤師不足だという。
 
経済協力開発機構(OECD)の最新のデータ(2015年、日本は2016年)をグラフで示すが、35カ国の先進国の中で人口10万人当たりの薬剤師数が最も多いのは日本の181.3人。次いでベルギー121人。そして米国は92人とのこと(図表1)。OECD平均は82人なので、日本はその倍以上の薬剤師がいることになる。また毎年の伸びも大きい。
 
【図表1】
 
 
にもかかわらず、薬剤師不足だと言う。その理由を一言で表すと、「業務量」が多いということになる。これは事実ではあろう。我が国はそもそも医療の需要が多いからだ。外来の受診、病床数ともにOECD平均の数倍だ(図表2)。付言しておくと医師の数は逆に圧倒的に少ないのだが、それでも医師たちはその需要に何とか応えている。
 
ITの技術が進歩する中で、「多い」というその業務の内容も吟味しないといけないだろう。
 
【図表2】
 

◆薬局・薬剤師の位置づけ

 

さらにとんでもない問いを投げかけるが、そもそも薬局は医療機関なのだろうか。また、薬剤師は医療関係者なのだろうか。
 
言えることは、「今はそうなっているようだ。」ということである。医療機関であれば医療法の中に位置づけられているはずであり、医療関係者であれば、通常は医政局の所管であって、医事課で試験を実施し、免許を交付しているはずである。
 
これらのことについて、日本薬剤師会のサイトの「日本薬剤師会のあゆみ」で確認してみよう。
 
前者の薬局については、1985年に医療法のー部改正が行われ,「その中の医療計画条項中に初めて『薬局』が記載され」、さらに2006年に医療法等の一部改正が行われ、「『薬局』が医療提供施設として位置付けられた。」とある。
 
一方、後者の薬剤師については、1992年に医療法のー部改正が行われ,「医療の基本理念が明示され,医療機関の体系化が行われ」、「医療の担い手として『医師,歯科医師,薬剤師,看護婦』」と『薬剤師』が明記された。」とある。
 
付言しておくと、薬剤師の試験と免許については相変わらず医事課の所管でない。その経緯や理由はある程度想像がつくが、ここでは書かない。
 
それにしても冒頭に述べたように、私は1983年に医学部を卒業したので、私にとってみれば、位置づけが明示されたのはいずれも比較的「最近」のことのように思える。
 
 

◆薬剤師の養成課程

 

ところで、薬学部の教授陣、カリキュラムをご覧になったことがあるだろうか。結論から申し上げると、医療や医療関係者とって極めて重要な意味を持つ、基礎医学に相当する解剖学、生化学、生理学、病理学等の教授陣が十分とは言えない。
 
それでも薬学部は今や6年制が主流だし、何がしかは変わったのではと思われるだろう。確かに国家試験は変わった。「臨床」の問題が増えた。
 
今年の薬剤師国家試験の問題をあらためて眺めてみた。たとえばオブジーボに関する出題さえある。しかし、そういう臨床の最先端、言い換えれば病名と治療法を一対一で記憶させ、それを問うような問題を出すことが「臨床」を重視するということなのだろうか。
 
医学・医療は日進月歩だ。それは疑いようもない。最先端を追いかけることに意味はがないとはが言わない。しかし、冒頭に私のつたない経験を元に述べたように、それ以上に基礎的なところを、しっかりと押さえておく必要があるのではないだろうか。繰り返しになるが、今の薬学部、薬科大学にその体制はあるだろうか。
 
 

◆医療現場の働き方改革と薬剤師

 

そんな中で、こんな記事(NHK政治マガジン)を目にした。長時間労働が問題となっている医師の働き方改革に向けて、自民党の小泉進次郎厚生労働部会長は、看護師や薬剤師への業務の移管などについて議論を進める考えを示したとのこと。
 
今年の3月に、小泉厚生労働部会長が神奈川県横須賀市で講演し、医師の働き方改革をめぐって、「24時間どころではない働き方をしている医師もおり、どうにかしなければいけない。日本の医療は、医師は自分を犠牲にして働くのが当たり前という考え方で来たが、それで安心な医療が持続可能かが問われている」と指摘したと言う。そのうえで「アメリカなどでは、予防接種は薬局でやるもので、病院には行かないが、日本では法律で医療行為は医師しかしてはいけないことになっている。看護師や薬剤師にできることがもっとあるはずだ」と述べ、看護師や薬剤師への業務の移管などについて議論を進める考えを示したとのこと。
 
一方、6月17日には、厚生労働省は、「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフティングに関するヒアリング」の第1回を開催したという。その中で、薬剤師の活用についても議論したという。
 
本当の議論はこれからだろうが、前述のように、そもそも薬剤師不足である(らしい)こと、養成の過程において基礎医学が十分でないこと等の現状を踏まえたときに、医療の現場や医師が疲弊しているからと言って、その代わりがそうそう簡単に務まるものでもなさそうに思うが、どうだろうか?
 
 
 
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佐藤敏信(久留米大学教授、元厚生労働省勤務)

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