コラム

    • 裁判手続のIT化について

    • 2018年06月12日2018:06:12:09:02:18
      • 平岡敦
        • 弁護士

1.医療のIT化

 

医療の世界では,1960年代に医事会計システム,1970年代には検査部門システム,1980年代にオーダエントリシステム,1990年代に電子カルテシステムと,順次IT化が進展してきた。
 
その進展の経緯を概観すると,主に診療報酬を請求するためのツールとして展開し,証拠に基づく医療を実現するための情報流通を促すためのシステムに脱皮しようとしているというのが現状であろう。
 
一方で,ICTを活用した遠隔診療を支援するためのネットワークシステムも整備の緒に就いている。
 
 

2.日本における裁判手続等のIT化

 
これに対し,裁判手続のIT化(又はICT化)は,まだその緒にも就いておらず,その展開が非常に遅れている。
 
裁判所内で閉じた事件管理システムが既に存在するものの,利用者である訴訟当事者及び弁護士にはアクセス権がない。原告,原告代理人,裁判所,被告代理人,被告を情報主体とする「訴訟」という情報流通プロセスは,システム化の対象となっていないと言える。
 
ただし,1996年の民事訴訟法改正で,電話による争点整理手続が導入されており,当事者が遠隔地にいる場合などに,当事者の一方が裁判所に出頭し,もう一方の当事者が電話等により争点整理手続に参加するという制度が導入され,比較的多くの事例で活用されている。したがって,ICTを活用した遠隔地を結ぶシステムは,それなりに実用化されていると言える。
 
 

3.諸外国の状況

 
一方,諸外国では,裁判手続にITが導入されている。例えば,アメリカでは,1980年代から訴訟記録の閲覧システム(PACER)が導入され,2000年代には訴訟記録をデジタル形式で提出したり,データベース化された訴訟情報を閲覧するシステム(CM/ECF)が導入された。お隣の韓国でも,2011年に民事通常訴訟全般で訴訟記録をデジタル形式で提出できるシステムの運用が開始された。シンガポール,中国やヨーロッパ各国でも,程度の差はあれ,裁判手続がIT化されている。
 
ただし,ICTを活用した遠隔地間での期日開催システムは,アメリカなどでは裁判官の任意の選択で事案によっては行われているが,韓国では全く行われていないなど,どの国も全面的に採用しているとは言えない状況である。
 
 

4.今後の日本の状況

 
前記のような諸外国の状況,それに遅れている日本の状況を踏まえて,行政府から,司法府に対して,日本におけるビジネス環境の整備を目的として,裁判手続等のIT化を求める動きが出ている。
 
内閣は,2017年6月の閣議決定において,裁判手続等のIT化について一定の結論を得るために検討を開始すると決定した。それを受けて,2017年10月から翌年3月にかけて,研究者,企業,消費者,弁護士等の中から有識者を招いて,内閣官房主催の裁判手続等のIT化に関する検討会(筆者も委員)が開かれ,最終的には,裁判手続等のIT化に向けた取りまとめが発表された。
 
その中では,まず民事通常訴訟を全面的にIT化し,紙での取扱いをやめるべきという意欲的な提言がなされている。ただし,ITに対応できない市民の裁判を受ける権利を保障する必要があるので,設備の整備やサポート体制を図る必要性も同時に提言されている。
 
より具体的には,2019年度中に,一部裁判所で,裁判所に出頭しないで期日に参加するICTを利用した争点整理手続を開始する。そして,2019年度中に法律改正のための法制度審議会を立ち上げ,2022年度からは全ての期日,全ての裁判所において,これを開催できるように制度面,システム面での整備を行うとされている。また,デジタル形式での提出についても,2019年度中に法制度審議会を立ち上げるとしている。
 
 

5.課題

 
電子カルテは,単に紙をデジタルに置き換えるというだけのものではなく,情報をデータとして扱うことによる検索や再利用,共有の容易性を背景に,情報の交換による判断支援,証拠に基づく医療の推進といった役割を担っている。
 
訴訟のIT化も,紙をデジタルに置き換えることによる資源の節約や,法廷への移動コストの節減といった一次的な効果に留まらない。期日の開催頻度の増加,柔軟なデータ加工と,情報参照の容易性の向上を背景に,より迅速かつ効率的で高度な争点整理をはじめとする紛争解決能力の向上を目的とすべきである。
 
訴訟は,医療と異なり,具体的に手を動かす「手技」といったものは存在せず,情報の提出と受領,その処理という情報処理の側面がより純粋に前面を出てくる作用である。したがって,いったんIT化が進展すると,そのメリットは医療の世界よりも直接的かつ迅速に現れてくるのではなかろうか。
 
司法界は,司法改革の波で洗われ,弁護士人口の増加等に揺れ,志願者が激減するなどの苦境にある。しかし,IT化がひとつのきっかけとなり,効率的かつ高度な紛争解決システムを備えることで,かつての輝きを取り戻す日が来るものと信じている。
 
 
 
---
平岡 敦(弁護士)

コラムニスト一覧
月別アーカイブ