コラム

    • ベテラン看護師

    • 2018年05月29日2018:05:29:05:34:39
      • 片桐由喜
        • 小樽商科大学商学部 教授

ベテランの意味を辞書で調べると、「ある事柄について豊富な経験をもち,優れた技術を示す人。老練者。ふるつわもの」と記載されている。これに加えて、アメリカでは退役軍人という意味もあるが、日本ではもっぱら前者の意味で使われる。ベテランドライバー、ベテランパイロットなど、職業名に形容詞として付く。
 
ベテランと称される人々は、その仕事を遂行するにあたり、世間から無条件の信頼を寄せられ、私たちは「彼らの(彼女ら)のすることなら大丈夫」と安心して身を任せることができる。このように、ベテランと呼ばれるには一定の年月が必要である。知識や技術の習得には当然、時間がかかるし、加えて、失敗やハプニングなどの経験が多いほど、体得する知恵や知見が豊かになるからである(もっとも、いくら経験を積んでもベテランの域に達さない例がないわけではない。)。なお、昨日今日、その職業についたにもかかわらず卓越した技量を発揮するなら、それはベテランではなく、逸材、あるいは、天才と評される。
 
近年、看護師の世界で異変(?)が起きているらしい。北海道の調査によると、平成18年、北海道内の看護師就業者数は25歳から34歳がピークであったのに対し、10年後の平成28年は40歳から49歳がピークとなった。そして、60歳以上の就業者は平成18年に約2,200人であったのが平成28年には約7,500人と3倍以上に増加している。看護師の世界も高齢化している。なお、この傾向は北海道だけに限らないであろう。
 
従来、私生活との両立困難さ、労働条件の厳しさなどの理由から離職率が高く、この間、一貫して看護師不足が叫ばれてきた。このような実態を(商機と)みて、看護学校が各地に設立され、看護師を輩出しているが、養成が退職に追いつかないこともまた指摘されてきた。しかし、上述の状況を見るなら、離職しないで就労を継続する看護師の増加が推定される。あるいは、いったん、現場から離れたいわゆる潜在看護師が現役復帰する例が大半であるかもしれない。いずれにしろ、現場にとっては大歓迎であろう。
 
この看護師ワールドの高齢化ともいえる現象を表すエピソードを1つ。私の知人は先日、病院の採血室で、どうみても70歳前後と思しき看護師が注射をもって自分に近づいてきたのを見て、帰ろうかと思ったという。眼鏡を上げ下げしてカルテを読む看護師の前に覚悟を決めて座り、腕を出したところ、くだんの看護師は指先でひじの内側に血管を探して、一発で血管に針を刺した。知人いわく、「彼女はベテランだね」。不安が安どと信頼に変わった瞬間である。
 
先の友人が不安に思った理由は看護師が高齢にみえたからだけではない。世情に疎くない限り、たいていの人はそのような看護師は長いブランクを経て現場復帰したのではないかと考え、「腕が鈍っているのではないか」と思うのである。予想に反したスキルを示してベテランと言わしめた当該看護師はシニアナースの星である。
 
日本の医療、介護、および、福祉の現場の人手不足が深刻なことは周知のとおりである。ところで、医療界において医師が長いブランクを経て現場復帰という例はあまり聞かない。また、介護や福祉の世界では従事者の長いブランクがあまり問題とされない。それはそこで必要とされるスキルに日進月歩の進化が医療ほど急速ではないからである。その意味でブランクが問題視されるのは看護職の特徴ともいえる。
 
私たちは看護師がその重ねた年齢と比例した知識と経験を積んでいると、たいてい信じている。その信頼にこたえるべく、医療機関のみならず、看護師養成教育機関にはキャリアの中断を克服する研修や再教育のシステムを整えることが必要だろう。そして、たとえブランクがあったとしても、シロウトの患者には、それを感じさせず、ベテラン看護師としてのオーラを放ってほしい。
 
 
 
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片桐由喜(小樽商科大学商学部 教授)

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