コラム

    • おたふくかぜワクチン定期接種化を求む

    • 2018年04月24日2018:04:24:06:05:03
      • 三澤多真子
        • 医療法人社団公懌会 小金井メディカルクリニック 理事長

おたふくかぜワクチンが定期接種から外れて25年が経った。その後、毎年およそ数百人がおたふくかぜによる難聴の後遺症に苦しんでいる。ワクチンを接種していれば防げたはずのものだ。なぜこのような事態になっているのだろうか。
 
 

◆おたふくかぜとは

 
おたふくかぜやムンプスと呼ばれる流行性耳下腺炎は、パラミクソウイルス科ルブラウイルス属ムンプスウイルスへの感染により発症する。ウイルスは飛沫・接触により粘膜に感染し、粘膜上皮で増殖したのち所属リンパ節に拡散し、ウイルス血症をおこす。典型例では、発熱の後、両側あるいは片側の唾液腺が腫れる。特異的な治療法はなく、対症療法となる。
 
思春期以降になって初めてムンプスウイルスに感染すると精巣炎(20~40%)や卵巣炎(5%)の合併頻度が高くなる。両側精巣炎となった際はまれに不妊症の原因となる。合併症としての無菌性髄膜炎(1~10%)は一般に予後良好であるが、ムンプス脳炎(0.3~0.02%)やムンプス難聴(0.5~0.01%)の場合は予後不良である。ムンプス難聴は片側性の場合が多いが、時に両側性となり、有効な治療法はない。ムンプス難聴の発生頻度は数百人~1000人に1人の割合で、毎年およそ350~2000人の罹患者が出ていると推測される。また、妊娠3ヶ月期までの妊婦が感染すると流産のリスクが高くなる。
 
 

◆わが国のおたふくかぜワクチンの状況

 

わが国では1989年4月に国産の麻疹・風疹・おたふくかぜ混合(MMR)ワクチンが定期接種に組み入れられた。しかし定期接種化とともに無菌性髄膜炎の発生が表面化し、その頻度は0.16%に達した。これは世界的に使用されていたJeryl-Lynn株の100倍の頻度である。訴訟となって国が敗訴し、MMRはわずか4年で中止に追い込まれた。
 
諸外国の統計ではワクチン接種後の無菌性髄膜炎の頻度は0.001以下~0.3%となっており、いずれも自然感染時の発生頻度1~10%に比して低い。
 
その後本邦でのおたふくかぜワクチンは、単味の任意接種ワクチンとして利用されている。単味接種後の無菌性髄膜炎の発生頻度は0.03~0.06%と極めて低い。
 
ムンプスウイルスはヒト以外に宿主がないため、ワクチンの徹底により撲滅可能な疾患である。ただし、おたふくかぜには症状を発症しない不顕性感染があり、発症者の隔離のみでは流行を阻止することができない。さらに、ムンプスウイルスはインフルエンザウイルスの2~7倍の感染力がある。ワクチンが唯一の効果的な特異的予防法であるが、わが国のワクチン接種率は30%程度である。
 
 

◆諸外国のおたふくかぜワクチンの状況

 

世界121カ国でMMRワクチンなどの定期接種が行われており、ほとんどの国で2回接種が行われている。先進国で定期接種化されていないのは日本のみ、東アジアに限れば日本と北朝鮮のみである。定期接種化されている国ではおたふくかぜの発生件数は激減しており、流行を繰り返しているのは日本を含めた一部の国に限られる。
 
経済学的視点から費用対効果分析をすると、ワクチンの接種費用を1とした際の罹患損失は各国3.6~6.7と報告されている。本邦の試算でも5.2であり、ワクチンの使用が経費節減に有効であることが示されている。
 
近年G遺伝子型ムンプスウイルスがわが国を含めて世界的流行株になっている。Jeryl-Lynn株の遺伝子型はAに、わが国のワクチン株はBに分類される。B遺伝子型ワクチンにより誘導された抗体はB遺伝子型ウイルスと同程度にG遺伝子型ウイルスも中和できる。しかし、A遺伝子型ワクチンにより誘導された抗体はG遺伝子型ウイルスに対する中和能が若干落ちることが報告されている。
 
また、海外ワクチンには安定剤とし加水分解ゼラチンが含まれる。日本ではゼラチンによるアナフィラキシーが1994年頃から問題となり、現在の国内ワクチンには、ゼラチン、加水分解ゼラチンのどちらも含まれていない。さらに海外ワクチンは国産ワクチンと比して発熱率が高いという問題点がある。海外ワクチンが優位とも言えない。
 
 

◆おたふくかぜワクチン定期接種化の必要性

 

おたふくかぜは一般に軽症と思われがちで、ワクチンによる無菌性髄膜炎というデメリットばかりがクローズアップされている。しかし、その頻度は自然感染の1,000分の1である。ワクチン接種によって無菌性髄膜炎、ムンプス脳炎、ムンプス難聴等の合併症の総数が大幅に減少するメリットを見逃すべきではない。
 
おたふくかぜワクチンは、厚生労働省の「定期接種化を検討しているワクチン」に含まれるが、同省はMMRワクチンとしての再開を目指している。ところが現在、国産MMRワクチンは供給がなく、新たなワクチンの開発を待たねばならず、その間ムンプス合併症が増え続けるという事態を招いている。
 
MMRワクチンの開発までの間、おたふくかぜ単味ワクチンの定期接種化を実現することが、経済優位性もあり国益にかなうと考える。自治体単位からでもいい、おたふくかぜワクチンの定期接種化にむけて、積極的な議論を期待したい。
 
 
【参考文献】
1.国立感染症研究所:おたふくかぜワクチンに関するファクトシート(平成22年7月7日版). 2010
3.野口雄史、他:ほんとに必要?おたふくかぜワクチン.小児感染免疫 Vol.26 No.4 509-516,2014
4.伊藤康彦:ムンプスワクチンの開発と開発過程における問題点.小児感染免疫 Vol.21 No.3 263-273,2009
 
 
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三澤多真子(医療法人社団公懌会 小金井メディカルクリニック 理事長) 

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