コラム

    • 国民を守らない非核三原則を日本はいつまで保てるのか

    • 2017年12月05日2017:12:05:06:35:47
      • 榊原智
        • 産経新聞 論説副委員長

特別国会の代表質問で、北朝鮮の核・ミサイル問題に関連して、いささか奇妙な主張が展開された。
 
11月21日、衆議院の院内会派「無所属の会」を代表して質問に立った岡田克也元副総理が、「核兵器搭載が可能な戦略爆撃機が日本に飛来することは認めるべきではない」と求めたのである。
 

 ◆ ◆ ◆

 
台風による悪天候のため中止になったが、10月29日に茨城県の百里基地で、航空自衛隊による「航空観閲式」が予定されていた。そこに、米空軍のB2戦略爆撃機が初めて参加することになっていたのを踏まえての質問である。
 
岡田氏は、自身が外相当時に取り上げた、非核三原則の例外を認める日米の核密約の調査に言及し、「B2戦略爆撃機が日本に飛来すれば、同じことの繰り返しになる。核兵器が搭載されているか否か、米国政府は決して明らかにしないはずだ。朝鮮半島有事において在日米軍基地から飛び立ったB2戦略爆撃機が核爆弾を投下するということが起こりえる重大問題だ」と指摘した。
 
「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則に基づいて、岡田氏は要求したのであろう。
 
しかし、米国の軍用機で、核兵器を搭載できるのはB2爆撃機に限らない。
 
通常は搭載していないが、空自が頻繁に共同訓練をしているB1爆撃機も核兵器の搭載は可能だ。今年8月に、空自が共同訓練をしたB52爆撃機も核兵器の運用ができる。
 
それどころか、日本の空を頻繁に飛んでいるF22、F35、F15、F16、F18なども、核兵器を積んで敵を攻撃できる仕様になっている。岡田氏はなぜB2だけを目の敵にしたのか。おかしな話である。
 
岡田氏の論に従えば、空自は米軍機の多くと訓練ができなくなる。日本への飛来も拒めというのでは、在日米軍基地の米軍機はからっぽになる。北朝鮮の脅威を前に、日米同盟は大混乱するだろう。喜ぶのは北朝鮮の独裁者と軍である。日米の絆が弱まれば、中国とロシアの政府、軍も小躍りするのではないか。
 
そもそも、現在の米軍の態勢は、日本国内の基地に核兵器を貯蔵する必要を認めない。米領グアムをはじめとする基地からの運用で十分だ。
 
もちろん、有事などの際、機体のトラブルや被弾によって、核兵器を搭載した米軍機が、在日米軍基地やその他の日本の飛行場に緊急着陸するようなケースは考えられる。同盟国の、それも日本を守るために戦う軍用機に墜落せよと言ってよいわけがないから、日本は着陸を認めるべきに決まっている。そこからの再出撃も、一刻を争う時であれば拒否すべきではない。
 
また、自衛隊が平時、有事を問わず米軍機や米軍の艦船を守るのは当たり前で、核兵器搭載の有無は問題にすべきではない。核兵器を積んでいることが分かれば守らない、ということはあってはならない。同盟の絆も信義も踏みにじるような話である。
 
岡田氏が、非核三原則にこだわるあまり、日本の国と国民を守るには何が大切かという本題を後ろに置いてしまっているとしたら、残念極まりないことだ。
 

 ◆ ◆ ◆

 
忘れてはならないのは、日本は、自国の防衛に核兵器の存在が欠かせないという政策を公然ととっているということだ。これは、安倍晋三政権になってからの話ではない。東西冷戦期からの一貫した政策である。自民党政権のときも、民主党政権のときもそうだった。
 
以前の拙稿でも紹介したが、民主党政権を含む歴代内閣が閣議決定した「防衛計画の大綱」には、「核兵器が存在する間は、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠」と明記してきた。安倍政権が閣議決定した国防の基本戦略を示す「国家安全保障戦略」にも同様の記載がある。
 
「米国の拡大抑止」とは、簡単に言えば、米国の核戦力に基づく「核の傘」のことである。日本は、国と国民を守るために、核兵器が欠かせないが、それは自前で手当はせず、米国の核兵器をもって充てるというご都合主義をとっているわけだ。
 
佐藤栄作内閣のときにできた非核三原則は、米国の「核の傘」があればこそ、唱えていられた「贅沢」といえる。贅沢な暮らしは、いつまでも続くとは限らない。
 
現在の国際情勢の下における非核三原則の最大の問題は、北朝鮮など日本に敵対的な国の核兵器が日本の領域で、日本国民の頭上で爆発することを少しも防いではくれず、むしろ、国民の安全を損なう方向に機能しているという点だ。
 
岡田氏は、非核三原則にこだわるあまり、日本を守るために機能している米国の核兵器の運用ばかりを忌避している。味方の手足を縛るほど相手方を喜ばせることはない。
 
それよりも、北朝鮮の核の脅威を減ずるにはどうすればいいか、日本国民を守るための核抑止態勢をどのように強化しなければならないか、そこに知恵をしぼったほうがよいのではないか。
 
思い出してほしいのは、平成22年3月に、民主党の鳩山由紀夫内閣の外相だった岡田氏が、「核搭載艦船の一時寄港を認めないと日本の安全が守れないならば、そのときの政権が命運をかけてぎりぎりの決断をし、国民に説明すべきだ」と国会答弁したことだ。将来の国際情勢次第では、非核三原則の「持ち込ませず」をやめ、「持ち込み」容認があり得るという見解を示していたのである。
 

 ◆ ◆ ◆

 
河野太郎外相は今年11月21日、自身のフェイスブックで、日本が核廃絶を目指すのは変わらないとした上で、それでも日本が核兵器禁止条約に署名せず、米国の核の傘を利用している理由を説いている。長くなるが一部を引用したい。
 
「北朝鮮の核・弾道ミサイル計画の進展は、我が国を含め、この地域と国際社会全体の平和と安定にとって、これまでにない重大かつ差し迫った脅威となっています。
 北朝鮮は先日も『日本を沈める』といった声明を出しました。
 戦後ここまで明確な形で我が国の安全を脅かす言動を行ったのは、北朝鮮が唯一かつ初めてです。
 核兵器の使用をほのめかす北朝鮮のような存在にその使用を思いとどまらせるには、もし核を使えば自らも同様の、あるいは、それ以上の堪え難い報復にあうと認識させることが必要です。
 こうした考え方を抑止といいます。
 北朝鮮のように、実際に核兵器の使用をほのめかし、多数のミサイルの発射すら行いかねない相手に対しては、通常兵器だけで抑止を効かせることは困難であり、核兵器による抑止がどうしても必要となります。
 さりとて、非核三原則を国是として掲げる日本が、自ら核抑止力を保有する選択肢はありません。
 国民の声明と財産を守るためには、日米同盟の下で核兵器を有する米国の抑止力に頼る以外にないのが現実です。
 核兵器禁止条約は、こうした厳しい安全保障環境を十分考慮することなく、核兵器の存在自体を直ちに違法化するものです。
 したがって、この条約がいかに核兵器廃絶という崇高な目的を掲げているものであっても、核兵器を直ちに違法なものとする核兵器禁止条約に参加すれば米国による抑止力の正当性を損うことになり、結果として、日本国民の生命や財産が危険にさらされても構わないと言っているのと同じことになります。
 これでは、北朝鮮のような相手に対して誤ったメッセージを送ることとなりかねません。
 国民の生命と財産を守る責任を有する政府としては、現実の安全保障上の脅威に適切に対処しながら、地道に核軍縮を前進させる道筋を追求していく必要がある」(引用終わり)
 
河野氏は、日本政府の立場を分かりやすく説明している。残念なことだが、人類の今の科学技術の水準では、核の脅威には、味方の核兵器による抑止によって対応することが欠かせないのである。
 

 ◆ ◆ ◆

 
北朝鮮のような国の核の脅威を眼前にしながら、核兵器禁止条約や非核地帯構想ばかりを唱える空想的平和主義に属するような発想は、国が採用すれば無責任極まりなく、危険で論外である。
 
平成26年2月の国会で、安倍内閣の岸田文雄外相(当時)は「現政権もこの(岡田外相の)答弁を引き継いでいる」と明言している。
 
今、北朝鮮危機をめぐって起きつつあるのは、日本が国民の生命を守るつもりであるなら、非核三原則を維持する贅沢さえ許されなくなるような事態である。
 
自民党の石破茂元幹事長は今年9月、次のように述べて、非核三原則の見直しを求めている。
 
「(米国の核兵器を日本に)持ち込ませないことと(米国の主として核兵器が生じさせる)拡大抑止力の維持は本当に矛盾しないのか」
 
「議論もしないで『米国の核の傘(拡大抑止)があるから大丈夫だよね』『ミサイル防衛があるから大丈夫だよね』って、本当に日本の独立と平和は達成されるのか」
 
北朝鮮が、本当に米国本土全域に対する核攻撃能力を持てば、石破氏の指摘が現実化する。ワシントンやサンフランシスコの米国民が核攻撃にさらされるリスクを冒してまで、米国が日本を守るのだろうかという疑念が生じる。冷戦期から長きにわたって日本の安全保障の基盤をなしていた、米国の核兵器による「核の傘」が、破れ傘となる。
 
核の雨を浴びる危険を日本国民が減らしたいなら、核の傘とセットでしかありえない非核三原則の見直しが急務となるのが道理だ。
 
岡田氏や岸田氏はもちろん、安倍首相以下の要路の人々に考え、動いてほしいのは、傍若無人な北朝鮮が、核・弾道ミサイル戦力を振り回し、対米核攻撃能力までまもなく保持しようかという現状において、核の脅威から日本国民を守り抜く具体的方策の考案とその実行である。
 
広島、長崎の悲劇は絶対に繰り返してはならない。多くの人々の生命がかかっている。今から、国民を守らない非核三原則の呪縛を解き、自由な発想で臨まなければ、臍(ほぞ)をかむことになりかねない。
 
 
 
---
榊原 智(産経新聞論説副委員長)

コラムニスト一覧
月別アーカイブ