コラム

    • どうコンピュータと付き合うか?

    • 2017年08月15日2017:08:15:09:38:59
      • 森宏一郎
        • 滋賀大学 経済学系 教授

筆者は将棋観戦が趣味である。これまで先見創意の会のコラムでも2度ほど、コンピュータ将棋ソフトウエア・プログラム(以下、将棋ソフト)とプロ棋士の戦いに関するコラムを書いた。
 
現在、将棋界は空前の盛り上がりを見せている。新星のプロ棋士、藤井聡太が登場したからである。知っての通り、29連勝という連勝新記録を樹立した。それもデビューして、いきなりのことである。
 
しかし、この話題の前には将棋界にとってはあまりうれしくないかもしれないニュースもあった。現名人が将棋ソフトのチャンピオンと勝負して2連敗。完敗したのである。
 
 

◆将棋ソフトの魅力

 
今回の将棋ソフト対名人では、よくあるパターンの序盤戦とは全く異なる手を将棋ソフトが選択し、名人が考え込むシーンが印象的であった。素人の私が指してしまいそうな手を指しても大丈夫なのかと思ったぐらいである。それでも、将棋ソフトが圧勝してしまった。
 
これには新たな感動があった。というのは、まだいくらでも新しい可能性が潜んでいることを改めて味わえたからである。プロ棋士同士の将棋を観戦していると、いくつかのパターンがあるとしても、だいたいお決まりの型の範囲内で序盤戦が進行する。これは定跡と呼ばれる。
 
分類可能な典型的な型(定跡)になってしまうと、素人の将棋ファンとしては、序盤戦にあまり興味が持てなくなってしまう。しかし、将棋ソフトは、序盤では型通りの手を指す必要など無いと主張しているかのようだったのだ。
 
ただ、このことは、将棋ソフトが何もかもを理解していて、常に最善手を知っているということを意味していない。さすがに、初手で何が最善手なのか(複数あってもかまわないが)までは分かっていないだろう。
 
実際、世界コンピュータ将棋選手権など、将棋ソフト同士の戦いが継続的におこなわれている。そして、先手でも後手でも勝利があげられており、初手から3手ぐらいまでのところの最善手が解明されているとは思えない。
 
 

◆将棋ソフト 対 プロ棋士は終わったか?

 
将棋ソフトがプロ棋士よりも強いと完全に結論づけているものは無いようだが、将棋ソフトがプロ棋士を凌駕したと見るものは多い(注1)。過去の勝敗や今回の名人の完敗を見れば、将棋ソフトの方が強そうには見えるが、まだ勝負はついていないと考えたい。
 
一つには、それほど対局数が多いわけではなく、統計学的には明確なことは言えないのではないかということがある。ただ、こんなかたいことを言いたいわけではないし、統計学的に検証しても、現状では将棋ソフトに分がありそうである。
 
初手に近いところでの最善手が解明されていないという意味で、まだ決着がついていないのではないかと言いたい。それがお互いに分かっていないところで、ゲーム的に勝敗を決めているだけに過ぎないのではないかと思っている。
 
将棋ソフト(プログラマ)か、プロ棋士か、彼らの協働が実現するのかは分からないが、初手に近いところでの最善手の解明までいってほしい。現状、将棋ソフトは序盤から常識にない手を指して勝利しており、この取組みに近いことをやっているように見え、一歩リードしているかもしれない。
 
 

◆将棋の魅力論争

 
名人が将棋ソフトに完敗したのだが、そうなると、プロ棋士同士の将棋の魅力は失われるのだろうか。この点は興味深い。以下に、少し長いが、2つのおもしろい主張を引用する(注2)。どちらも、なるほどと思わせるものではある。
 
「この後は、コンピュータはコンピュータとしてさらなる進化をしていき、人間は人間として、やはり脳みそを使って、まさしく「電のう戦」の「脳」に汗をかくほど一生懸命将棋を指す姿が多くのファンに感動を与えていく。まあ、駅伝やマラソンと、車のような関係ですね。車は追い抜かそうとすれば横をさっと抜けていくことができますが、駅伝やマラソンの横をのろのろと並走しています。それは、ランナーの汗というものに感動するからですよね。(二〇一二年、米長邦雄『われ敗れたり』)」
 
「プロ棋士がコンピュータに負けても、将棋の魅力は変わらない。理屈ではわかっていたつもりですが、私は人間同士の対局は以前ほど見なくなりました。それは将棋への愛が足りないからだと言われてしまいそうですが、趣味のお話なのでお許しください。当初、電王戦は自動車と人間の競争に例えられ、走るのは車の方が速いが陸上競技の人気は変わらないと言われていました。しかし、肉体を使う運動と頭脳ゲームは、コンピュータとの闘いにおいて根本的に違うと思います。(二〇一四年三月二十七日『週刊アスキー』『山崎バニラが語る今回の将棋電王戦について思うこと』)」
 
少し論点が変わってしまうかもしれないが、これからもプロ棋士同士の対局がおもしろくあり続けるために、プロ棋士vs.将棋ソフトを継続してもらいたいと私は思っている。それは、簡単に言えば、新しいものを見たいからである。
 
プロ棋士同士での対局では、新しい可能性の扉を開くスピードが少し遅いのではないかと感じる。他方、将棋ソフト同士でも、プログラマ以外のプロフェッショナルな人間の目が入らないことでの偏りがあるのではないか(見逃される将棋としてのバグのようなものも含む)。
 
実際、プロ棋士の千田翔太氏は自身の将棋の研究に将棋ソフトを積極的に使い、そこから学んだ新しい指し手によって、升田幸三賞を受賞した。升田幸三賞は新手、妙手を指した者や、定跡の進歩に貢献した者に与えられるものである。
 
その先に、初手における最善手の解明のようなものがあれば、ワクワクする。プロ棋士同士の対局で、新しい手(取組み)がバンバン出てきて、ある局面ではこの手が最適だと解明されれば楽しい。その検証には、計算能力に優れた将棋ソフトが役立つことも多いだろう。
 
 

◆おわりに

 
将棋ソフトとプロ棋士の公式対局の場はなくなった。名人が完敗した現在、プロ棋士側にとっては将棋ソフトとの対局はつらいだろう。
 
しかし、一将棋ファンとしては、まだまだあるだろう将棋の奥深さや新しい展開を見たい。そのためには、ゲームとしての勝敗に執着して将棋ソフトとプロ棋士が活動の場を分かつのではなく、継続的に公式に敵として相まみえるのがいいのではないか。
 
共存共栄と言えば、きれいにまとまるかもしれないが、プロ棋士には新技術を駆使して、ときには真剣勝負をおこなって、新しいものを見せてほしいと思う。なんとなく、どこの世界にもありそうな話に思えたりもするのだが。
 
 
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注1
たとえば、日本将棋連盟の将棋コラム(リンク)や情報処理学会「コンピュータ将棋プロジェクトの終了宣言」を参照(リンク)。
 
注2
松本博文(2017)『棋士とAIはどう戦ってきたか~人間vs.人工知能の激闘の歴史』洋泉社(リンク)から引用。
 
 
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森 宏一郎(滋賀大学 経済学系 教授)

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