コラム

    • 医療法人の経営再建

    • 2016年12月20日2016:12:20:13:30:07
      • 中村十念
        • (株)日本医療総合研究所
        • 取締役社長

1.始まり

 
66歳で迎える2016年の暮れである。社会的にも諸行無常の年であったが、私にとってもメモリアルな暮れとなった。2006年から10年間かけて取り組み、ほぼ成功に導いてきた、ある医療法人の経営再建から撤退することにした。
 
当法人はある大企業の傘下にあったが、雇われ理事長であったX氏に「マネジメントバイアウト」されることになった(この10年間の自己資本の流れを図表にまとめてみた)。
 
 
そのMBOには2億2,000万円の上納金が必要であった。しかし、X氏側には金がなく、この上納金の調達が出来ない。そこで私に話が持ち込まれたのだった。医療法人には制度上、配当の概念がないので、出資を募集することが困難である。資金の調達は、自ずと借入金に限られる。1億円は何とか銀行から借りられたが、残り1億2,000万円は個人から借り入れることになった。
 
当法人のマネジメントもまた、一流からはかけ離れていた。まず、経営管理が出来る「人材」がいない。後に私は“くノ一経営”と名付けたが、何人かのお局たちがこぞってX氏に告げ口をし、それを真に受けたX氏の勅令で組織の運営ルールが決まるという有様である。次に「商品」コンセプトが曖昧だった。産業医療と漢方にエネルギーが費やされていたように思うが、確たる根拠はなく、成り行きでそうしているとしか見えなかった。そして何より、「資本」力に問題があることは明白であった。X氏の報酬は再建企業にあるまじき高額であり、その一方で再建資金は全く拠出されないという、矛盾した事態となっていた。効率的な「時間」運用に至っては、職員の長時間残業は当たり前。職場に長く居ることを美徳とする組織風土であった。
 
再建必要先の特徴として、複数の問題が複雑に絡み合っているということが挙げられる。単発の経営改善で済まない。経営管理者を派遣し、経営計画を作るところから着手した。
 
 

2.泥沼

 
2009年には、あるJR沿線の駅前再開発地区に分院が開設された。これは、ある不動産ビジネス会社との共同企画のような形になっており、分院施設に必要な不動産投資はこの不動産ビジネス会社が担うはずであった。しかしあろうことか、開院直前にこの不動産ビジネス会社が倒産するという想定外の展開となった。急遽、友人の仲介で、個人に施設のオーナーになってもらい、そこから賃借することにした。リスク共有者として私もオーナー権の一部をシェアすることを求められ、借金してこれに応じた。
 
暗雲立ち込める船出であった。当然創業赤字が発生し、債務超過に陥った。本院の再建が功を奏しつつあったが、債務超過の額は2011年の3月末には2億円を超え、2012年3月末でも1億5,000万円を超えていた。
 
 

3.転機

 
債務超過となると、銀行の担当者は稟議書の書きようがない。従って、銀行からの融資は受けられない。個人からの資金調達が続いた。しかし、これにも限界があり、2011年の東日本大震災後の計画停電で間引き営業を余儀なくされた頃は、倒産を覚悟したこともあった。
 
そのような状況下で、分院の初代院長が辞職。2012年4月、それまで非常勤だった女性医師が新院長に就任した。
 
当時の彼女は卒後10年、30代のまだまだ若手であり、臨床家としても経営者としても、手腕は未知数であった。ところが蓋を開けてみると、この女医の能力、使命感、責任感は、比類なき程のものだった。売上は普通の常勤医の3~4倍にも達した。そのうえで、スタッフをまとめ上げ、計画と数字をベースに議論し、組織の長として目標に向けてチームを牽引した。
 
この女医のお陰で分院の経営は軌道に乗り、債務超過解消に向けてまっしぐらに進んだ。2013年8月に法人全体で債務超過を脱出。金融機関との関係も円滑に進んだ。理事長の個人連帯保証も解除され、後は2018年3月に予定されていた事業承継となるはずであった。
 
ところが、その計画は2016年8月に、あっさり反故にされてしまった。
 
私は再建の出口を2018年3月での事業承継に置いていたので、それを達成出来ずに撤退することになるのが少し心残りである。
 
 

4.教訓

 
今回の再建劇を通じて、今後の医療法人経営の研究課題となり得る教訓がいくつ得られたので紹介しておく。
 
(1)銀行との具体的なコミュニケーションが極めて重要であるということ。
私はそれを、どんなに不調な時でも毎月月次試算表を提出することにより実行した(ちなみに前月の試算表は、翌月の10日に仕上がる仕組みにしていた)。経営計画を毎年作成し、開示することも重要である。開示は経営計画発表会を通じて行っていた。
 
(2)「mPQ>F、F_(n+1)>F_n」の理解を社員教育の要とすること。
mPQというのは粗利益、Fは固定費(固定費は毎年増える傾向にある。)つまり、固定費を超える粗利益を稼ぎ出すことが経営の基本である。この基本構造を理解できる社員の多さが組織の強さのバロメーターである。
 
(3)医師の土管生活者的な考え方は拭い難く、それが往々にしてマネジメントを歪めてしまうということ。
医師は医学部入学以来、狭い社会で生活することになるため、独特の常識をもってしまう(勿論そうでない人も多い)。医者の常識は世間の非常識と言われるのはそのためだ。例えば、世間では金や信用は天から降ってくると思っている人はそんなにいない。ところが医者の中には、金は天から降ってくる(来るべきだ、も含む)と思っている人が、かなりいる。医者だから尊敬され信用されるのは当たり前と信じている人も少なくない。従って、組織より個人が優先され、マイクロマネジメントに陥ることが多く、社会科学的問題解決アプローチを困難にしている一面がある。医療界では、医師免許のみが完全免許であり、他の職種免許は医師の管理下でのみ作動する従属免許である。それが医師の特権意識を形成している原因のひとつではなかろうかと思っている。
 
(4)IT化問題こそが医療機関経営の今後の重要課題であること。
IT化の流れは止められない。しかし、医療機関のITリテラシーは低いままである。この間隙をつかれて、高い買い物をさせられる羽目に陥りかねない。そのことが、出資で調達出来ないという資金的片肺飛行の医療機関の財政を直撃するだろう。
 
(5)幸運は来るが予測出来ないこと。
「人間万時塞翁が馬」とか、「禍福は糾える縄の如し」とか、運の存在を教える諺があるが、これは信じて良い。しかし、地震と同じで、いつ来るか予測出来ないのが難点である。
 
 
 
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中村十念(日本医療総合研究所 取締役社長)

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