コラム

    • 地域包括ケアにおける市町村の役割・課題と改善策:地域マネジメント力の強化に向けて -その4(全4回)-

    • 2016年11月01日2016:11:01:06:49:48
      • 川越雅弘
        • 埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科 教授

■はじめに

 
これまでの3稿にて、地域マネジメントの概念整理を行うとともに、市町村が実施する各種事業の中から「在宅医療・介護連携推進事業」「介護予防・日常生活支援総合事業」に焦点を当て、課題の整理と改善策の提案を行ってきた。
 
最終となる本稿では、地域包括ケア構築に向け、市町村に期待されている役割・機能、現状・課題を整理した上で、課題改善策について私見を述べる。
 
 

■地域包括ケア構築に向けて市町村に期待されている役割・機能とは何か

 
1)地域包括ケア計画の策定
 
介護保険制度では、市町村は3年ごとに介護保険事業計画を策定することとなっている。同計画は、第1~4期(2000~2011年)までは介護サービス量の整備が主たる検討テーマであったが、第5期以降、地域包括ケアシステムを推進するための計画(=地域包括ケア計画)に位置づけが変更されている。また、2025年までの中長期的な視点からの計画策定も求められている。
 
さて、地域包括ケアシステムは、医療/介護/生活支援/予防/住まいといった5つの要素で構成されている。また、超高齢化の進展に伴い、認知症施策も重要課題となっている。そのため、同計画には、従来の介護サービスの量的整備計画に加えて、①認知症支援策の充実、②医療との連携、③高齢者の居住に係る施策との連携、④生活支援サービスの充実といった重点課題の推進策に関する記載も求められている(図1)。
 
図1. 介護保険事業計画(地域包括ケア計画)の位置づけ
出所)「地域包括ケアシステムの構築に向けて」、第46回介護保険部会 資料3(2013/8/28)
 
 
2)各種事業の具体的展開
 
市町村は、地域包括ケア計画を単に策定するだけでなく、関連する諸事業(在宅医療・介護連携推進事業、認知症施策推進事業、生活支援体制整備事業、介護予防・日常生活支援総合事業(総合事業)、地域ケア会議の充実)を具体的に展開していくことが現在求められている。
 
そのため、事業ごとに、現状分析(将来推計を含む)~課題の抽出~関係者を交えた会議での課題の共有と対策の検討~対策の実行~モニタリング(経過観察)~対策の見直しといった一連のマネジメントプロセス(図2)を展開する力の強化が必要となる。
 
図2. 地域マネジメントプロセスの概念図
 
 
 

■計画策定/事業展開上の課題:これまでの市町村への直接支援を通じて感じたこと

 
1)現状分析/将来推計について
 
計画策定/事業展開を進めるためには、まず、事業に関連する各種データ(既存データ、アンケートなど)を収集した上で、現状分析や将来推計を行う必要がある。
 
ここで、認知症施策を例に考えてみる。
 
認知症の人へのサービス提供の現状等を把握するためには、①基本特性(性・年齢・要介護度・認知症高齢者の日常生活自立度など)、②家族構成/家族介護の状況、③生活機能(認知機能、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)、手段的日常生活活動(IADL)、ADLなど)、④サービス受給状況などは把握しておきたいデータであろう。また、認知症の人数の将来推計をするためには、①推計したい年度における性別年齢階級別将来推計人口、②認知症の出現率(対人口)が必要となる。
 
さて、これらは市町村が有する既存データ(性別年齢階級別人口、認定・給付データ)や公表データ(国立社会保障・人口問題研究所の地域別将来推計人口)で十分把握可能であるが、現実にはあまり活用できていない。その理由としては、①保有するデータを計画策定や事業展開にどのように使えるのか、②将来推計に必要なデータが何か、また、そのデータをどのように分析すればよいのかのイメージができていないためと考えられる。
 
2)市町村内の連携について
 
地域包括ケアシステムは、医療/介護/生活支援/介護/住まいなど複数要素で構成される。また、様々な課題を有する家族が共生している場合や、障がい者の方が65歳になって介護保険に移行する場合もある。こうした状況に適切に対応するためには、関係する部署間の連携強化が必須となる。
 
しかしながら、市町村の体制や運営状況に関しては、①組織が事業や制度で縦割りになっている、②業務に対する価値観や興味関心領域が異なる行政職と専門職が混在しているが、両者の役割は分担されていて、連携・協働が十分ではない、また、部門や職種の枠を超えて協働する経験や機会が少ないなどの課題があると、市町村への直接支援のなかで感じている。
 
3)会議の運営について
 
地域課題を解決するためには、様々な主体が参加する関係者会議にて課題を共有し、課題解決策を検討し、役割分担を決めた上で対策に取り組み、一定期間後、進捗状況を確認するといった会議運営能力が必要となる。関係者会議に参加するメンバーは、在宅医療・介護連携推進事業であれば医療・介護職や職能団体など、総合事業であれば社会福祉協議会やNPO法人、自治会、民生委員などとなる。
 
ところで、住民を巻き込んだワークショップの開催を数カ所の市町村で検討したが、その際、多くの市町村職員がファシリテーター役の引き受けに躊躇していた。その理由は、①会議がどのような展開になるかの予測がつかないので怖い、②参加者の意見を聞きながら、集約していくといった会議運営方法に対する自信がもてない(経験がない)などであった。
 
通常、市町村が主催する会議は、事前に作成したシナリオに沿って展開するスタイルがほとんどである。参加者の意見を聞きながら、意見を集約していくといった会議運営には慣れていない。だから怖いのである。
 
4)事業の展開方法について
 
市町村職員は、事業や予算から物事を考えるよう訓練されている。そのため、事業や予算の枠組みにユーザーをはめこむ形になる。ニーズから考えていないため、事業の継続性に無理が生じやすい。また、事業を縦割りでとらえるため、事業間の関連性や共通事項が見えにくいといった課題を有していると、市町村への直接支援のなかで感じている。
 
市町村への支援活動を通じて見えてきた計画策定/事業展開上の課題を表1にまとめる。
 
表1.支援活動を通じて見えてきた計画策定/事業展開上の課題
 
 

■計画策定・事業運営力の強化に向けて

 
《対策1:市町村職員の困りごとをベースとしたノウハウ集の作成》
地域包括ケアを推進するため、厚生労働省もこれまで様々な先行事例を紹介してきているが、最終的な姿を紹介したものも多く、その展開方法を一般的な市町村が真似できるレベルにまでブレークダウンしたものにはなっていない。ガイドラインも必要ではあるが、決定的に欠けているのが、市町村の困りごとをベースとしたノウハウ集(事業展開のプロセスを時系列的に整理し、真似できるレベルにまで落とし込んだテキスト)である。
 
計画策定や事業運営を行う上で困っていることに耳を傾けながら、各市町村が先行事例の手法を真似できるようなノウハウ集の作成を進めていくべきである。
 
《対策2:市町村職員のニーズに応じたツール開発及び使用方法の指導の実施》
厚生労働省は、地域包括ケア見える化システムを開発しているが、市町村職員による利用はまだまだ不十分である。自身の業務にツールがどのように活用できるかがイメージできないと、実際の活用にはつながらない。市町村職員がしたいこと/しなければならないができていないことを踏まえた上での、ツール開発ならびにツールの活用方法に関する支援(業務に活用する方法のイメージ化と具体的方法の指導)が必要である。
 
《対策3:実践的なファシリテーション研修の実施》
地域マネジメントで必要とされている会議運営は、従来から慣れ親しんだシナリオ展開型ではなく、参加者の意見を聞きながら集約していく形である。そのため、ファシリテーションの手法と実践的な展開方法を教えていく形の研修が必要となる。現在、複数の市町村を対象に、①ファシリテーションの手法を体感する(座学、グループワーク)、②模擬的な会議でファシリテーションを体験する、③日常の業務の中で実践してみる、④実践した内容や方法に関する報告会を開催し、講師から指導・助言をもらうといった複数回のファシリテーション研修を企画・試行しているが、研修終了後、日常業務ですぐに試行する参加者が出るなど、実践的な効果を感じている。
 
日常業務でできる範囲からトライし、小さな成功体験を積み重ねていくことが、ファシリテーターを養成する近道であると感じている。
 
《対策4:関係部門間で地域課題を議論するための場作り》
地域包括ケアシステムを構築するためには、縦割りの行政組織に横串を刺すような仕組みが必要となる。地域課題を議論する場として、地域ケア推進会議などがすでに用意されているので、そうした場を使って、複数の関係部門が関わるようなテーマを設定し、議論するような運用を展開すべきである(どこが主体となるかは、市町村内で決めてもらう必要はあるが)。
 
以上の内容を表2にまとめる。
 
表2.計画策定・事業運営力強化のポイント
 

■おわりに

 
地域包括ケア構築を効果的に展開するためには、市町村の地域マネジメント力の強化が必須となる。そのためには、3つの力(①地域診断力(小地域単位)、②多主体会議の運営力、③先進地区のノウハウの展開力)の強化を図らなければならないと考える。
 
 
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付記:本稿は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構委託費(長寿科学研究開発事業)「地域包括ケアシステム構築に向けた地域マネジメント力の強化手法ならびに地域リーダー養成プログラムの開発に関する研究」(研究代表者 川越雅弘)の成果の一部である。
 
 
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川越雅弘(国立社会保障・人口問題研究所)

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