コラム

    • おまえは何者か!?――ルジャンドルの問い

    • 2016年09月27日2016:09:27:08:44:07
      • 平沼直人
        • 弁護士、医学博士

◆ピエール・ルジャンドルに訊け

 
その人,ピエール・ルジャンドル(1930-)は,ラカン派の精神分析家,パリ第一大学の法制史の教授であり,“ドグマ人類学”の創始者である(西谷修監訳『ドグマ人類学総説』2003・平凡社)。
 
気鋭の哲学者佐々木中(あたる)が『夜戦と永遠』(2008・以文社。河出文庫に定本と銘打って上下巻)の副題に「フーコー・ラカン・ルジャンドル」と並べた知の巨人であるが,ルジャンドルの名はミシェル・フーコー(1926-1984)やジャック・ラカン(1901-1981)に比するまでもなく我が国ではあまりに知られていない。知られていなさ過ぎる。
 
ドグマ人類学とは,ある文化にとって真理の根源となる“dogme(ドグマ)”を中核的概念として,人々が作り上げた社会・集団を分析せんとする学問である。敢えて教条主義(ドグマティズム)といった否定的なニュアンスを持つ言葉を冠することによって世人をして刮目(かつもく)せしめている。
 
ルジャンドルは,イスラム原理主義の猖獗(しょうけつ)を既に半世紀も前に予言していたことで畏(おそ)れられている。東西冷戦下,イスラムはやがてフォルクロアか土産物屋でしかお目にかかることはできなくなるだろうと囁かれていた。
 
 

◆キリスト教的分裂症状

 
規範・規律の体系(システム)にとって因果系列の遡行(なぜ,なぜ,なぜと根拠を辿っていくこと)をストップさせる謂わば車止めがユダヤ教の聖書*やイスラム教のコーランの如き“聖なる書物”である。
*旧約聖書という呼称はキリスト教の新約聖書を前提とする物言いである。
 
逆に言えば,イスラムでは信仰も社会規範もコーランという教典を源泉とする1つの流れに過ぎない*。コーラン(を頂点にムハンマドの言行録であるハディースなど)の解釈がイスラム法学者の仕事である。
*コーランは「神からのダイレクトメッセージ」であり「人生のルールブック」である(内藤正典『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』2016・ミシマ社)。
 
これに対して,キリスト教では,イエスが“書物そのもの”であるため,その始まりから脱ユダヤ化され社会規範を欠いていた。戒律より愛の宗教こそキリスト教である。
 
ところが,中世キリスト教会は,11世紀後半から12世紀にかけて,6世紀に編纂されたローマ法大全に代表される古代ローマ法を“発見”し,それを継受することによって,信仰と切り離された社会規範を取り込むに至った。ルジャンドルは,この信仰と社会規範の乖離をキリスト教固有の分裂(schize)と呼ぶ。この表現が分裂病(シゾ)(schizophrénie=統合失調症)から来ていることは付言しなければならない。
 
 

◆“法律家よ,おまえは何者か” 

 
ルジャンドルは,2009年5月,パリ第一大学において,“法律家であること”と題する講演を行った(森元庸介訳『西洋をエンジン・テストする――キリスト教的制度空間とその分裂』2012・以文社。「法律家よ,おまえは誰なのか」と改題されて収載)。
 
“書かれた理性”としてキリスト教に統合されたローマ法は,テクストの精緻な解釈法学として独自の発展を遂げていく。法制史家たるルジャンドルは,これを中世キリスト教の一大事件と目して“解釈者革命”と命名し,以降の西洋社会の基盤と位置付ける。
 
しかし,その結果の行き着く先,現代の法律家は,自分自身の正統性を持たず空疎な経営管理(マネジメント)の網に搦(から)め捕られた社会的エンジニアつまり似非(えせ)科学者に成り果てた。
 
法の源泉は豊かな水を湛えているというのに法律家がそこから何も汲むことなく法律解釈論を弄することほど愚かしいことはない。
 
本来,社会のドグマ的建設者たるべき法律家のかくなる切迫した危機に対して,ルジャンドルは,“法律家よ,おまえは何者か”と静かに問い掛ける。
 
 

◆そして,医師よ,おまえは何者か

 
アメリカもヨーロッパも,そして我が国も,イスラムやムスリムをどこかどうにも理解できず,どう接していいか分からずにいる。
 
ルジャンドルの西洋とイスラムに対する分析は,そのための大きなヒントになりはしないだろうか。
 
明治維新が齎(もたら)した和魂洋才の号令は,日本人の心に深刻な“分裂”を生ぜしめたのではないか。我々は今もって彼我を思う程うまく統合することができず,そこはかとない違和感のうちに暮らしている。
 
法曹,特に弁護士人口の爆発的増加を目論んだ我が国の理念なき司法制度改革(1999-)は,弁護士をただの法律技術屋に貶(おとし)め,資本主義経済に跪(ひざまず)かせただけではなかったか。
 
それでも,それだからこそ法律家は正義への希求を決して諦めてはならない。
 
そして,医師よ。
激務に翻弄され日々の診療が機械的になってはいまいか。
算術医と謗(そし)られてはいまいか。
医師たる己(おのれ)を照らし導く光はあるか。
迸(ほとばし)る医の泉に手を伸べてみよ。その清冽なること
 
改めて問う。
おまえは何者か
 
 
 
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平沼直人(弁護士、医学博士)

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