コラム

    • 日本にとって他人ごとでない南シナ海問題――我が身のことと見なさないと大変なことになる

    • 2016年09月13日2016:09:13:16:06:12
      • 榊原智
        • 産経新聞 論説副委員長

「日本は言動に注意すべきだ」
まるでヤクザの脅しのような物言いだ。
 
9月5日、中国・杭州での首脳会談で、南シナ海問題をめぐって、中国の習近平国家主席が安倍晋三首相に投げつけた言葉である。国営新華社通信が習氏の言葉として報じているのだから間違いあるまい。
 
王毅外相も今年7月、岸田文雄外相に対して、「日本は言動を慎むように」と要求している。
 
国際法を守れと言われることが、よほど気に入らないのだろうが、日本もなめられたものである。
 
人工島の軍事化など南シナ海をめぐる中国の横暴な振る舞いは、先進7カ国の主要国首脳会議(G7)でも、アジア太平洋諸国の首脳が集まる国際会議でも主要テーマの1つとして取り上げられている。旗振り役は、日本と米国だ。
 
オランダ・ハーグの仲裁裁判所は7月12日、南シナ海の大半を支配する歴史的権利があるという中国の主張を全面的に否定する裁定を公表した。国連海洋法条約に基づく法的拘束力がある判断だが、中国は「裁定は紙くずだ」と反発している。
 
中国海軍首脳の1人、孫建国・上将は7月16日、北京で開かれた「世界平和フォーラム」で裁定を批判し、「軍事力を強化し」て「やむを得ない状況下で国家主権と権益を守るための最後の決定的な役割を発揮しなければならない」と演説した(7月17日配信の朝日新聞デジタル)。
 
武力の使用を辞さない構えで南シナ海支配を追求する宣言である。とても容認できるものではない。
 
度し難いのは、同フォーラムにおける鳩山由紀夫元首相だ。孫演説と同じ日、南シナ海問題について「日本や米国は基本的に静観すべきで、中国やフィリピンに圧力をかけて仲裁判断を受け入れるよう促すべきではない」「当事者間の対話と協力での解決を見守るべきだ」と語った(7月16日の共同電)。これではまるで中国の代弁者である。
 
そのようなことを認めれば、国力に差があるフィリピンやベトナムは中国との2国間交渉に引きずり込まれ、泣き寝入りするしかないではないか。
 
しかし、鳩山発言の最大の問題点はそこにあるのではない。日米にとって南シナ海問題は他人ごとにすぎないと考えている点が最大の問題なのだ。
 
昨年11月には、自民党の有力議員、野田聖子元総務会長が南シナ海問題について、「直接日本には関係ない。南沙(スプラトリー諸島)で何かあっても、日本は独自路線で対中国の外交に徹するべきだ」と発言したこともある。
 
各国が平和に暮らしていくには、世界中の海で、「法の支配」が貫徹されていなければならない。自由貿易、移動の自由が保たれていなければ、世界の繁栄は望めない。
 
そのうえ、日本にとって南シナ海問題には、それ以上の大きな意味合いがある。安全保障に直結する海なのだ。他人ごとどころか、南シナ海は日本にとっての生命線といっていい。これは米国にとってもそうである。
 
だからこそ、日米はオーストラリアなどとともに国際会議で中国を批判し、米海軍は「航行の自由」作戦を、海自は南シナ海派遣を続けている。安倍首相は中国の圧迫にさらされているフィリピンやベトナムに対して、巡視船を供与するなど支援に力を入れている。
 
南シナ海とはどんな海か。
 
たとえば、日本の原油輸入のおよそ8割が、マラッカ海峡を経由で南シナ海を通過する。極めて重要な海上輸送路(シーレーン)であり、上空は多くの民間機の航路でもある。
 
もし中国が南シナ海を支配すれば、どのような嫌がらせをしてくるかわからず、日本は極めて弱い立場に置かれる。中国政府は航行の自由を保つというが、中国の恩恵のもとの航行に自由などあるわけがない。
 
日本のタンカーはインドネシアのロンボク海峡を経て、フィリピン東方の航路へ迂回すればすむとの議論があるが、浅薄すぎる。中国が南シナ海支配を確立するということは、米国勢力の後退を意味する。フィリピン自体やその東方の海域も中国の影響下に置かれてしまう。
 
この場合、日本が真剣に軍事力を増強しなければ、フィリピンだけでなく東南アジア諸国や日本、韓国、台湾も政治的、軍事的に「中華圏」に飲み込まれる恐れがある。属国化だ。
 
南シナ海は、軍事上の大動脈でもある。南シナ海は、西太平洋から中東までをカバーする米第7艦隊が、日本と東南アジア・インド洋・中東を行き来する主要連絡線であり続けなければならない。
 
米軍には、自由貿易を含む世界の秩序、繁栄を支える「国際公共財」の性格がある。米軍が南シナ海を自由に使えなければ、アジアはもとより中東を含む世界が不安定になる。
 
相当な水深がある南シナ海が、核ミサイルを積む中国原潜の聖域になれば対米核戦力は格段に強化される。そうすると、米国が日本にさしかけた核の傘が「破れ傘」になる恐れがある。日本が安住してきた戦後体制の根幹である日米同盟が形骸化してしまう。
 
私たちは日頃意識しないが、核の傘という米軍の核抑止力は、日本の独立と自由、経済活動に欠かせない。これが失われれば日本は自ら核武装するか、米国の核戦力を日本に展開するか、中国の影響下に入る(属国化)か、いずれかの選択を迫られるだろう。
 
他にも論点はあるが、要するに、南シナ海を「自由で平和な海」にしておくことが、日米をはじめとする諸国民の自由と尊厳ある人生にとって死活的に重要なのだ。
 
「日本は当事国ではない」(習氏)などと言われて引き下がっていいわけがない。安倍政権が南シナ海問題に真剣に取り組んでいるのは、日本国民のためなのだ。
 
日本が南シナ海での中国の横暴を静観していれば、我が身に跳ね返ってくる。
 
 
 
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榊原智(産経新聞 論説委員)

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