コラム

    • 就労と精神疾患について

    • 2016年05月31日2016:05:31:10:12:30
      • 尾畑亜紀子
        • 弁護士

1.はじめに

 
昨年12月、一定規模の事業場を対象に、事業主に対し、従業員に対するストレスチェック制度の導入と実施が義務づけられた。
 
昨今、労働環境や職場における人間関係によって、精神疾患を発症するケースが増加しており、労働者が自殺することもある。ストレスチェック制度の導入は、かかる背景を踏まえ、精神疾患の罹患を未然に防ぐ、あるいは重症化しないうちに適切な対応ができるようにすることを目的としているものと思われる。
 
一方で、労働者が私傷病として罹患している精神疾患もあり、その内容は、診断書上の病名として多かったうつ病や適応障害のほかに、双極性障害や発達障害などの病名も見受けられるようになった。
 
そこで、本稿では、ストレスチェック制度の概要と精神疾患に罹患している労働者の処遇について、私見を交えながら申し述べたい。
 
 

2.ストレスチェック制度の概要

 
このたびストレスチェック制度の導入が義務づけられたのは、労働者が50人以上就労している事業場である(契約期間1年未満、労働時間が通常の労働者の所定労働時間の4分の3未満の短時間労働者を除く)。
 
ストレスチェックは、(1) 質問票を労働者に配布して記入を求める、(2) 記入が終わった質問票を医師などの実施者が回収する、(3) 回収した質問票を元に、医師などの実施者がストレスの程度を評価し、高ストレス(自覚症状が高い場合や、自覚症状があって周囲のサポート状況が悪い場合を指す)で医師の面接指導が必要な者を選択する、(4) ストレスの程度の評価結果(医師の面接指導が必要かどうかなど)が本人宛に通知される、という流れで実施される。
 
なお、質問票には、(1) ストレスの原因に関するもの、(2) ストレスによる心身の自覚症状に関するもの、(3) 労働者に対する周囲のサポートに関するものが含まれていなければならない。具体的な質問事項は、国が推奨するものがある(例えば、選択式で、上記(1) に関しては、非常にたくさん仕事をしなければならない、時間内に仕事が処理しきれない、という内容、(2) については、ひどく疲れた、へとへとだ、という内容、(3) については、上司、職場の同僚に気軽に相談できる程度を問うという内容が盛り込まれている)。
 
 

3.運用の具体的場面における懸念点

 
質問票を医師などの実施者が回収し、ストレスの程度をチェックした上、高ストレスと判断した労働者に対し、医師の適切な面接指導の機会を適時に与えられるかは疑問である。
 
なぜならば、高ストレスと評価されても、労働者本人が医師の面接指導を希望しない限り、面接指導の結果を踏まえて事業主が処遇を改善する契機を得られないからである。
 
労働者のプライバシーを尊重するために、制度上やむを得ない限界なのかもしれないが、特に自覚症状が少ない人は、仮に高ストレスと評価されても自ら受診しようと思わないのではないかと懸念される。
 
また、質問票を簡易にすると、個々の労働者の精神状態を正確に汲み取れない懸念もある。任意に回答を促す形式でも、自由に記載できる欄を設けてより正確な情報を入手すべく努力することも一考に値する。
 
そして、今回ストレスチェック制度の実施を義務づけられたのは、中規模以上の事業場であるため、日本の企業の大半を占める小規模の事業場では、任意に導入をしなければストレスチェックによる精神疾患罹患の予防について、問題意識さえ共有されずに経過する可能性もある。
 
法律家が述べることではないかもしれないが、精神疾患には身体症状も伴うことから、かかりつけ医師が患者の身体症状から精神疾患の萌芽を発見し、早期の段階で専門医への受診の橋渡しをすることが期待される。
 
 

4.精神疾患に罹患している労働者の処遇について

 
従来、精神疾患に罹患している労働者については、かかりつけ医師あるいはその紹介で受診した精神科医から、就労が困難であると診断されて、事業主において休職発令に至るケースが多かった。
 
そして、精神疾患の場合は休職期間が長期に及ぶ結果、休職期間満了時に復職できずに退職に至るケースも多かった。
 
しかしながら、労使双方にとって、退職という結末で良いのかどうか、考える必要があるのではないだろうか。つまり、精神疾患を持つ労働者が増加する中で、仮に休職期間満了時に病気が治癒したと評価できなくても、休職満了時に復職させることについて、もう少しきめ細かく検討する必要があるのではないかと考える。
 
特に発達障害については、業務への取り組み自体は非常に熱心であるケースが多く、業務上の支障については、かかりつけ医師、産業医、あるいは専門医の意見も聴取し、当該労働者にとって適切な就労環境を整備していくことで、労務の提供を継続的に確保していく術があるのではないかと思われる。
 
そのために、我々法律家、あるいは事業主の人事担当者が、精神疾患について正確な知識を備え、理解を深めることは必要なことであると考える。
 
 
 
---
尾畑亜紀子(弁護士)

コラムニスト一覧
月別アーカイブ