コラム

    • 労働力不足対策より「本当に足らぬ人数」の見極めが先だ

    • 2016年05月24日2016:05:24:10:06:43
      • 河合雅司
        • ジャーナリスト

人口減少社会にどう対応するのか。安倍政権が、その「処方箋」として位置付ける「ニッポン1億総活躍プラン」をまとめた。
 
「1億総活躍社会」はあまりにテーマが大きく、それが何を意味するのかは、いまだ国民に浸透したとは言い難い。
 
だが、プランは「国際的には『人口が減少する日本に未来はないのではないか』との重要な指摘がある」との危機感を示しており、政府の狙いが少子高齢化で減り始めた労働力人口の確保にあることは明らかだ。
 
総務省によれば、2015年10月1日現在の生産年齢人口(15~64歳)は約7,708万人で、前年よりも77万人も減った。すでに景気回復に伴って人手不足に悩んでいる企業も多く、このままでは社会が回らなくなるとの思いであろう。
 
「1億総活躍社会」について、安倍政権は「名目GDP600兆円」、「介護離職ゼロ」、「希望出生率1.8」という3大目標を打ち立ててきた。これを労働力確保の視点で捉え直せば、すべてが結びつく。
 
「介護離職ゼロ」は言わずと知れた、40~50代の働き盛りが親の介護で仕事を辞めなければならない状況に歯止めをかけようということである。だが、プランが打ち出した具体策は、要介護の家族を抱える人たちの負担の軽減よりも、介護職員の処遇改善に比重が置かれた。賃金を月額1万円程度アップするのだという。
 
介護の現場は仕事の厳しさの割に賃金が安い。このため恒常的な人手不足が続いている。こうした根本部分を直さない限り、介護の受け皿は増やせず、介護離職もなくならない――という理屈の展開である。すなわち、「介護労働者を確保しなければ、すべてが始まらない」との考え方だ。
 
実は、メディアはあまり大きく取り上げていないが、プランは介護労働力について、外国人材の活用を「積極的に進めて行く」とも書いている。安倍政権は1億総活躍プランの議論と同時進行で自民党に特命委員会を設置し、単純労働者の受け入れ解禁の検討を行ってきた。4月26日に集約された特命委員会の報告書は、介護人材を念頭に「必要性がある分野については個別に精査して受入れを進めていくべき」と結論付けており、本音はむしろ、賃上げによる日本人の就労促進よりも「今後の介護は外国人に委ねよう」というところにありそうだ。
 
次ぎに「希望出生率1.8」だ。これは言うまでもなく、少子化に歯止めをかけることで将来的な労働力を増やして行こうということである。出産を機に辞職する女性は少なくない。一方で多くの女性が出産後も働き続ける状況となれば待機児童の増加という新しい壁が立ちはだかる。子育て環境の劣悪さを懸念して、出産そのものを諦める人もいる。結果として、女性労働力の確保を困難にし、あるいは少子化が進むという「負のスパイラル」になっている。
 
待機児童対策の遅れを批判するブログが世間の注目を集めたこともあり、これを解決すべくプランが打ち出したのが、待遇改善による保育労働力の確保であった。保育士の処遇を月額6千円程度引き上げ、職務経験を積んだ人には最大月額4万円程上積みするという。「介護離職ゼロ」と同じ発想である。
 
そして、3つ目の「名目GDP600兆円」だ。これは、労働力の確保が、結果としてそれを達成することでもあるということだ。要するに「労働力の減少に歯止めをかけられなければ、日本の経済成長はない」と言いたいのだろう。プランは高齢者の就労にも触れている。定年退職後に、やり甲斐のある仕事がなかなか見つからないという現実への対応だ。
 
プランは、非正規社員と正社員の賃金格差の是正や残業時間規制といった働き方改革にも踏み込んだのが最大の特徴だが、それも女性や高齢者の働き方のバリエーションを増やすことが、働き手自体を増やすことになるという判断からであろう。
 
出生数の減少に歯止めをかけるには時間がかかる。それまでの間、女性と高齢者の就労を促進していくのは現実的な政策だ。女性や高齢者によって社会の縮小スピードをやわらげなから、同時に出生数増につながる政策を講じていくしかない。そうした意味では「1億総活躍社会」が目指す方向性は間違っていない。
 
ただ、気掛かりなのは、労働力が本当はどれぐらい足りないのかという議論が見えないことだ。 現在の社会の仕組みを前提として、 すべてをこれまで通りに行っていこうと考えるのであれば、現在の労働力人口が比較基準となる。 内閣府の推計は、労働力人口は女性や高齢者の就業が進まなければ2030年までに900万人近く減るとしているが、絶対数はこの通り減るとしても、それが不足する人数と一致するとは限らない。
 
例えば介護だ。プランは高齢化が進むことを織り込んで「25万人の介護人材の確保に総合的に取り組む」としているが、健康寿命の延びによって要介護者の見通しが変われば、介護ニーズの量そのものが変わるだろう。機械化による省力化をどの程度織り込むかによっても数字は大きく異なってくる。介護保険制度とは別に、ボランティアを活用したような保険外の介護の仕組みが普及すれば、必要となる職員数はさらに変わる。
 
さらに考えなければならないのが、ただ働き手を増やすだけでなく、人口減少下であっても生活の豊かさを実感できるようにしなければならないという点だ。労働力人口が減るということは、「超人手不足」状態が延々と続くということである。すごく単純に考えれば売り手市場であり、賃金は上がるはずだ。ところが、現実には不本意な非正規労働に追いやられている人はなくならない。
 
こうした状況を少しでも改善し、労働人口が減っていく中でも経済成長させていくには、これまで以上に生産性を向上させなければならない。まず、すべきは安い商品を大量生産する「 発展途上国型ビジネスモデル」との決別であろう。高付加価値商品を小人数で生み出すモデルに転換するのである。
 
発展途上国型ビジネスモデルは、日本が周辺諸国に比べて技術力で圧倒的に勝り、若くて安い労働力が安定的に確保できた時代にあってこそ成り立ってきた。いまや、オートメーション化された近代的な工場を建設すれば、どの国にあっても画一的な製品を作ることが可能だ。発展途上国型ビジネスモデルに固執する限り、日本は賃金が安い国々と勝負し続けなければならず、日本人の賃金をどんどん切り下げざるを得なくなる。とても太刀打ちできず、このような競争は長続きしない。
 
一方で、女性や高齢者の就労がかなり進んだとしても、労働力人口の絶対数が減っていくことは避けられない。
 
数少なくなる労働力人口が少しでも厚遇で働くことができるようにするには、日本が人口減少社会に応じた産業構造に転換した場合、どの分野にどれぐらいの人手が足りなくなるのかをしっかりと見極めて、育成する産業分野を絞り込んで投資し、さらにそれに応じた人材教育を行っていくビジョンが必要だ。
 
経済界には「労働力不足の解決には、外国人労働者を受け入れるしかない」との意見も根強いが、いま日本が取るべき道は、現在の社会をベースに人数の辻褄合わせをすることではない。
 
目の前の課題にばかり目を向けていたのでは、イノベーションや労働生産性を向上させるための新たなチャレンジを妨げ、結果的に日本社会全体の足腰を弱くすることになる。
 
労働力人口の減少を必要以上に恐れず、小さくとも〝キラリと輝く国〟を目指して知恵を絞るときである。
 
 
 
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河合雅司(産経新聞 論説委員)

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