コラム

    • 「マイナス金利」政策はダメ?

    • 2016年04月05日2016:04:05:00:28:05
      • 長谷川公敏
        • エコノミスト

日銀が1月29日の金融政策決定会合で決定した「マイナス金利」の評判が芳しくない。
 
そこで日銀は「マイナス金利という言葉の響き」が良くないとして、先日「5分で読めるマイナス金利」というQ&Aをホームページに載せ、言葉の汚名払拭を図っている。
 
だが評判が悪いのは「言葉の響き」ではなく、黒田日銀総裁が意図したと思われる「市場金利水準の低下→自国通貨安→資産価格の上昇→資産効果による景気拡大→物価上昇(正常化)」の連鎖が、最初の市場金利水準の低下で途切れているためではないか。
 
 

◆QE1

 
日銀が2013年4月に本格的に採用した「マネタリーベース拡大」という金融緩和策は、2008年9月のリーマンショック後に米連邦準備理事会(FRB)が採用したものだ。
 
マネタリーベースはハイパワードマネーともいわれ、景気拡大のための強力な武器だ。しかし、それは需要過多で景気が過熱し、景気抑制のための金融引き締めで景気が悪くなっている時には有効だが、そもそも資金需要が乏しいデフレ型(需要不足)の不況には、金融緩和による直接的な景気刺激効果は限定的であり、加えて、こうした状況ではマネタリーベースも増えにくい。
 
FRBはこれらを十分に認識したうえで、マネタリーベース拡大策(後にQE1:量的金融緩和策第一弾と呼ばれた)を採用した。リーマンショックによる未曽有の大不況が想定される中、FRBは政策金利を段階的にゼロ%にするとともに、マネタリーベースを増やすため、通常は無利息である市中金融機関の中央銀行当座預金(以下、当座預金)に利息を付けたのである。
 
 

◆見せかけの金融緩和策

 
マネタリーベースの定義は、当座預金の残高に市中に出回っている通貨の残高を加えたものだが、通貨残高は極めて緩慢な動きであるため、マネタリーベースの動向はもっぱら当座預金残高の動向で決まる。
 
未曾有の不況到来で資金需要がなく市場金利が大幅に低下している中、当座預金に利息が付くことになったため、資金運用に苦慮していた金融機関は当座預金残高を大幅に増やした。【注】
 
結果として、米国のマネタリーベースは大幅に増加した。しかし一方で、金融機関の資金は当座預金勘定に滞留するため、おカネはいっそう市中に出回りにくくなった。それでも米国市場ではFRBの緩和姿勢を評価し、市場金利低下、ドル安、株価上昇で応えた。
 
だが、当座預金への付利によるマネタリーベース拡大策は、いわば「見せかけの金融緩和策」であり、2013年の日銀の金融緩和策も同様の政策だといえるだろう。
 
 

◆「マイナス金利」政策の効果

 
こうしてみると、今回の日銀の「マイナス金利(当座預金の増分に適用。一部ゼロ金利もあり)」政策は、「金融機関の日銀への預金を抑制し、市中におカネを流す」効果がある至極妥当な政策で、極めて強力な金融緩和策であることがわかる。
 
蛇足だが、本来は、リスクを取って貸し出しなどの資金運用をする役割であるはずの金融機関が、金融危機でもないのに、当座預金に資金を置いておくだけで資金運用ができる(利ザヤを稼げる)のは、由々しき問題なのではないか。
 
 

◆評判が悪い本当の理由

 
それにもかかわらず「マイナス金利」の評判が悪いのは、「言葉の響き」もあるが、「マイナス金利」政策が自国通貨安につながっておらず、連れて資産価格上昇も実現していないからではないか。
 
為替市場は株式市場などの資産価格市場とは異なりゼロサム市場だ。リーマンショック後に見られたとおり、景気が悪くなると各国政府は自国通貨安を望むが、ゼロサム市場であり、しかも取引のほとんど全てが投機目的であるが故に、為替市場は世界経済の中心である米政府の意向を反映し易くなる。
 
日銀が本格的に金融緩和策を実施した2013年当時は世界景気が順調だったため、QEなどの見せかけの金融緩和策でも為替市場は大きく円安に振れた。だが、米国や中国をはじめ世界経済が停滞しつつある今日、米政府は明らかにドル安を意図しているため、日銀が強力な金融緩和策を実施しても円はなかなか安くならず、日本の資産価格上昇や景気回復につながっていない。
 
しかし、見せかけではない真の金融緩和策である「マイナス金利」政策は、いずれ正しい評価を受け、今後の日本の景気拡大に寄与するものと思われる。
 
 
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【注】FRBの当座預金金利は0.25%。米国債1年物の市場金利は、2011年~2014年は0.1~0.25%で推移。同2年物の市場金利も2012年は0.25%程度だった。日銀の当座預金金利は0.1%。今回の「マイナス金利」政策でも、2月16日より前に預金していた部分には、基本的に0.1%の金利が付く。(詳細は日銀のホームページ:1月29日の金融政策決定事項参照) なお日本の最近の市場金利は、10年物国債でもマイナス金利。
 
 
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長谷川公敏(エコノミスト)

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