コラム

    • 医療ツーリズムと法的紛争 (その2/第2回)

    • 2016年03月15日2016:03:15:08:38:45
      • 平岡敦
        • 弁護士

 
>>その1から続く 】
 

3 準拠法の選択

 
(1)準拠法の選択ルール
前述の管轄の決定によって,日本の裁判所で裁判ができることになったとしても,そこで常に日本法(法廷地法)が適用されるわけではない。法廷がある国の国際私法(国内法)によって,どこの国の法律が適用されるか,準拠法が決まるのである。日本の場合,法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)などの適用により,準拠法がどこの国のものになるかが決まってくる。通則法の適用により,準拠法が外国の法であるとなったら,日本の裁判所で訴訟をする場合でも,当該国の法律を適用して判断することとなる。
 
(2)準拠法を定める手順
準拠法を決めるためには,まず準拠法を指定する単位である「単位法律関係」が何であるかを特定する。国際私法には,単位法律関係として,法律行為(契約),物権,不法行為,婚姻,養子縁組,相続など各種が規定されている。そして,国際私法は,単位法律関係ごとに,どのようなケースではどの国の法律を適用すべきかを定めている。この適用関係を決めるための「本国」とか「所在地」「履行地」などの概念を連結点と呼ぶ。準拠法は,単位法律関係が何かを決め,その上で単位法律関係ごとに設定されている連結点を見て,決定していくのである。
 
(3)準拠法に関する合意
契約の成立や効力という単位法律関係については,通則法7条によって,私的自治によることが原則とされている。要するに,当事者間で準拠法を定める契約をしていれば,そこで定めた法律が準拠法となる。したがって,医療契約においても,準拠法を日本法と定めておけば,原則としては日本法が適用されることになる。この指定の方法については,管轄合意のように書面によることは強制されない。しかし,現実には書面で合意しておかないと,合意があったことを証明できない。
 
(4)合意がない場合
もし準拠法の指定がなされていなかった場合は,どうなるのか。通則法8条1項は,「当該法律行為に最も密接な関係がある地の法」という抽象的な定め方をしている。これだけでは,どこの国の法律か特定することは難しい。そこで,通則法8条2項は,「特徴的な給付」を当事者の一方のみが行うときには,その給付を行う当事者の常居所地の法律が準拠法であるとした。「特徴的な給付」とは,通常,金銭給付の反対給付であるとされている。医療契約は,医療従事者が医療行為を施し,患者が対価として金銭を支払う契約であるから,「特徴的な給付」は医療行為である。したがって,医療行為を行う当事者である医療従事者の常居所地,すなわち多くの場合は病院の所在地の法律が準拠法となる。日本の医療機関であれば,日本法が準拠法となるわけである(註5) 。
 
よって,診療報酬支払請求や医療契約の債務不履行(医療過誤)にもとづく損害賠償請求については,日本法が準拠法となる。債務不履行にもとづく損害賠償請求権に関する債務不存在確認請求訴訟も同様である。
 
なお,債権に関する消滅時効に関する準拠法も,当該債権の成立及び効力に関する準拠法と同一なので,日本法が準拠法である場合は,日本法によることになる。診療報酬については民法170条1号により3年で消滅時効に掛かるとされているので,外国人の患者に対しても3年以内に請求する必要がある。
 
(5)消費者契約の例外
ただし,医療契約については,大きな例外規定がある。医療契約における患者は消費者であり,医療従事者は事業者であると考えられる (註6)。消費者契約については,通則法11条1項によって,消費者がその常居所地の法律に含まれる消費者を保護するための強行規定を適用する旨の主張をしたときは,当事者の定めや特徴的な給付を行う者の常居所地に関わらず,その法律の適用が認められる。例えば,中華人民共和国の消費者権益保護法55条2項によると,サービスに欠陥があることを明らかに知りながら消費者にこれを提供した詐欺的行為により,消費者が死亡又は健康を著しく損なった場合には,被った損害の2倍以下の懲罰的賠償を請求することができる,とされている。このような法律は日本にはないが,これは強行法規であると考えられるので,この法律の適用が考えられることになる。
 
ただし,この消費者保護規定にも例外がある。通則法11条6項1号本文は,消費者が自らの意思で外国に行き,そこで現地の事業者と契約を締結した場合(いわゆる能動的消費者である場合),消費者保護規定は適用しない,としている。また,消費者が自らの意思で外国に行き,そこで現地の事業者から契約の履行のすべてを受けた場合も,消費者保護規定は適用されない(通則法11条6項2号本文)。ただし,これらには更なる例外がある。消費者が,事業者から,現地での契約の締結や履行を受けることについて,消費者の常居所地において勧誘を受けていた場合は,消費者保護規定が適用される(各号但書)。ただ,ここでいう「勧誘」は,単にウェブサイトで広告をしていたというだけでは認められず,ダイレクトメールや電話などといった直接的かつ個別的な方法があった場合に限られるのではないか,とされている。
 
したがって,医療従事者が特に宣伝活動を行っていないのに,評判を伝え聞いた海外の人が医療契約を日本で締結し医療サービスを提供されただけのケースや,ウェブサイトで外国人も治療できますといった宣伝(註7)を出しているだけでは,消費者の常居所地の消費者保護規定が適用されるわけではないことになる。
 
また,外国法が準拠法として指定されたとしても,当該外国法が日本の公序良俗に反する場合には適用しなくてよいとされている(通則法42条)。例えば,懲罰的賠償を定めた外国の消費者保護規定を適用することが,日本の公序良俗に反するとして,当該規定が適用されない可能性もある。
 
(6)不法行為
不法行為によって生ずる債権の成立及び効力については,加害行為の結果が発生した地の法による,とされている。ただし,その地における結果の発生が通常予見することができないものであるときは,加害行為が行われた地の法による,とされている(通則法17条)。医療ツーリズムによって日本国内の病院又は診療所で医療行為がなされる場合,通常,それによるマイナスの結果は日本で生ずるのであろうから,多くの場合,結果発生地である日本法が準拠法となる。なお,結果とは,直接的な結果を言い,間接的な結果ではない,とされている。医療過誤で言えば,生命・身体への危害が直接的な結果であり,それに伴う治療費の支出などは間接的な結果に過ぎない。したがって,日本で結果が発生していれば,その後の治療を母国で行ったとしても,結果発生地は日本である。また,医療行為にもとづく悪しき結果が日本で発生することが予見できない事態というのも想定しにくい。したがって,医療過誤を不法行為と捉えた場合の準拠法は,日本法であると考えられる。
 
また,不法行為にもとづく損害賠償請求については,外国法が準拠法であるときも,日本法の考え方をできるだけ適用しようとする規定がある。通則法22条1項は,不法行為につき外国法が準拠法になる場合であっても,日本の不法行為法において不法とならないときは,日本の裁判所での訴訟においては,外国法の当該部分の適用を認めない,と規定している。また,通則法22条2項は,不法行為につき外国法が準拠法となる場合であっても,日本法により認められる損害賠償の方法及び金額でなければ認められない,と規定している。したがって,懲罰的損害賠償など,日本の不法行為法では認められない損害賠償の金額は,この規定によって日本の裁判所では認定されないものと考えられる(註8) 。
 
(7)行為能力(患者が未成年や意識不明の場合)
患者が未成年者であったり,意識がない場合には,そもそも医療契約の有効性が問題となり得る。法律上,行為無能力者に対する法律行為の有効性を定める規定があるが,それは国によって異なる。例えば,日本では満20歳で成年となるが,多くの国では満18歳で成年となる。したがって,外国法が適用されると18歳でも行為能力ありとされ,契約を取り消すことはできず,請求を有効に受けることになる。
 
行為能力については,通則法4条1項が,原則として本国法によると定めている。したがって,患者の本国の法律が準拠法となる。よって,患者が有効に契約を締結できる状態であったか否かについては,患者の本国法を調べて解釈し適用することになる。例えば,医療契約を締結した患者が19歳だった場合,日本法が準拠法であれば,日本の法律では未成年であり,取消が可能である,と主張することができる。しかし,行為能力に関しては母国法が準拠法なので,その患者の母国法では18歳が成人年齢であれば,未成年であるとの主張はできないことになる。
 
 

4 執行の問題

 
判決が下されたとしても,それだけでは空手形に終わってしまう危険がある。執行が伴って初めて,被告に対する脅威となる。では,ある国の裁判所で下された判決にもとづいて,他の国で執行を行うことができるのだろうか。例えば,医療契約の債務不履行にもとづく損害賠償請求訴訟で日本の裁判所で医療従事者が勝訴判決を得たとして,その執行を外国の裁判所に求めることができるか。また,逆に,医療過誤を原因とする不法行為や債務不履行にもとづく損害賠償請求訴訟で外国の裁判所で患者が勝訴判決を得たとして,その執行を日本の裁判所に求めることができるのか。
 
これは外国判決の承認執行の問題と言われ,日本の裁判所において外国判決を承認して執行するためには,①判決が確定していること,②判決を下した裁判所に国際裁判管轄があったこと,③適切な送達が敗訴被告に対してなされていたこと,④判決の内容とそれを下すに至った訴訟手続きが日本の公序に反しないこと,⑤判決国と日本との間に相互の保証があること,という5つの要件が全て満たされていることが必要である(民事訴訟法118条)。これらの要件を満たすか否かの判断は,日本において執行の申立てを受けた裁判所が判断することになる。
 
日本の裁判所が下した判決をもとに,外国の裁判所で執行を行うか否かは,この逆で,外国の裁判所において,当該国の民事執行に関するルールによって決せられることになる。この要件については,世界的なルールがあるわけではないから,執行を行おうとする国によって異なる。
 
日本で外国判決を執行するためには,上記④の要件(外国判決が公序に合致していること)があるので,例えば,懲罰的損害賠償を命じる外国判決は,日本の公序に反するとして,執行の段階で,日本の裁判所によって拒否される場合がありうる。
 
 

5 まとめ

 
医療契約や医療過誤に関する紛争に適用される法律が国によって異なること,どこの国の裁判所で裁くのか(国際管轄),どこの国の法律を適用するのか(準拠法)について,いずれも国際的な統一ルールがないために,国をまたいで医療活動を行う際に紛争が生じると,その処理に非常な手間が掛かり,安定的な司法的解決を得られないリスクがある。
 
そのリスクを可及的に減少させるためには,限界はあるものの,医療契約を締結するに先だって,管轄や準拠法について書面で合意を取っておくことが推奨される。しかし,前述の通り管轄合意については消費者契約の例外があるので,日本の裁判所を管轄裁判所としていても,有効とは言えないケースの方が多い。患者から外国で訴訟を提起されることも充分に想定される。したがって,医療ツーリズムによって患者を受け入れる場合は,海外での訴訟に巻き込まれる一定のリスクを織り込んでおく必要がある。
 
 
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(註5)ただし,通則法8条2項は,推定規定である。したがって,特徴的な給付を行う者の常居所地よりも,密接な関係のある地があることを反証し成功した場合は,その地の法が準拠法となる。
(註6)通則法11条1項によると,「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)とされていて,広い範囲の者が含まれる。そして,「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人とされていて,これも広い範囲の者が含まれる。医療行為も事業として行っているものと解される。
(註7)旅費を負担するなどの積極的な勧誘の場合は,問題になりうる場合もあると考えられている。
(註8)ただし,外国の裁判所で訴訟が提起され,懲罰的損害賠償を認める外国の不法行為法が準拠法として採用された場合,その訴訟の判決では外国法にもとづく懲罰的損害賠償が認められる可能性がある。ただし,その判決を,日本の裁判所が承認執行するか否かは,別の問題である。
 
 
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平岡敦(弁護士)

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