コラム

    • 世界的感染症とWHO

    • 2015年12月22日2015:12:22:08:35:52
      • 外岡立人
        • 医学博士、前小樽市保健所長

2015年12月8日と9日、WHOは世界の専門家を招聘し、ほぼ終息しているエボラ出血熱以降に発生する可能性ある世界的感染症に関しての論議を依頼した。いわゆるWHO諮問委員会の開催である。
 
WHOにも各種専門家が職員として在籍しているが、具体的事象を把握し、論議するのは依頼された世界中の専門家によるのが常である。
 
日本の場合、何かというと有識者会議が開かれ、そこで重大テーマに関する論議が依頼されるが、WHOも似たようなものである。
 
エボラはパンデミックとはならなかったものの、西アフリカおいてわずか半年間で1万人を超える死者が発生した。それは、エボラ出血熱ウイルスの中のザイール株によるもので、エボラウイルスは変異し続けていることから、時折散発する発生もウイルスの系統が異なっている可能性がある。
 
今回の西アフリカの大流行は、2014年12月にギニアの少年がコウモリから感染、そして死亡したのが発端だった。周辺で家族が感染死亡、そして村人等に感染が広がった。
 
翌年の2015年3月には明確な流行が確認された。その際に、国境なき医師団が深刻なエボラの流行が始まっていることをWHOに知らせたが、WHOは動かなかった。
 
 

◆WHOが動かなかった理由

 
なぜWHOは動かなかったのであろうか。
 
先進諸国は、たとえアフリカで多くの人々が死亡しても、先進国へ波及する可能性がない限り、アフリカでの感染症についてあまり関心を抱かない。
 
アフリカでの内乱や感染症による被害は想像を絶する。しかし、そこに先進国は介入することを躊躇う。多くの人的、経済的支援が必要になるからである。
 
そうした支援が自国の益になるような場合は動くが、多くは自国にとって単なる損失に終わる。
 
地球上に人間として生まれ出て、その生まれた国により経済的にも健康的にも差別化される現状は、戦後制定されたWHO憲章に反するし、もちろん国連憲章にも反している。シエラレオネで誕生した子供と東京で誕生した子供。生まれた地で全てが差別化されている現状は許しがたい。
 
西アフリカでエボラが大流行する危険性があることを、国境なき医師団はWHOや先進国に訴えた。2015年春のことである。
 
それからエボラは西アフリカのギニア、リベリア、シエラレオネで流行の炎を上げはじめ、9月にはすでに感染者数が2万人を超え、死者数もその5割の1万人を超えた。
 
8月に入ってからようやくWHOは西アフリカのエボラ流行に世界的対策を講じなければならないと声明を発し、さらに度重なる国境なき医師団の訴え、シエラレオネ大統領のオバマ米国大統領への支援を懇願する書簡などで、9月に入ってから米国は支援体制に入った。続いて日本も支援のための経済的援助を申し出た。
 
なお、中国やキューバが8月には支援のための医療担当者を派遣していたことは、特記すべき事項である。
 
重要なのは、西アフリカでのエボラ流行は9月がピークであり、それ以降、感染者の数は減少に向かったことである。しかし、米国を中心とする世界的支援は、既に1万人以上の死者が発生し、流行が下降を始めてからのことだった。
 
西アフリカでのエボラ流行は、現地の医療担当者、国境なき医師団、先進国の人道支援団体などの努力で、さらなる世界への拡大を食い止めることができた。現地の医療担当者の多くが感染して死亡した事実は、日本国内の報道機関、さらには医学関係の雑誌では十分伝えられていない。
 
WHOや米国は支援の遅れを世界的に批判された。
 
特に、WHOへの非難は大きかった。
 
2015年春の総会で、WHOのチャン事務局長は、WHOの支援体制の未熟性、対策のための予算が乏しいことなどを上げ、西アフリカでの支援が送れたことを深謝した。
 
以上の事情から、WHOはエボラ以降の重大感染症の発生に神経過敏となった。
 
組織疲労をを起こしたWHOの組織改編と、重大感染症発生時の、より早期からの対策開始が目標となった。
 
それが、今回のエボラ以降の重大感染症の早期予知と対策について、世界の専門家による論議を求めた理由である。
 
 

◆WHO諮問委員会の中身

 
WHO諮問委員会がWHOに提出した内容は、多くの国際的報道機関から流されたが、ここでは国際的医学雑誌である Nature と New York Times の論説を一部紹介する。
 
Natureでは、諮問委員会が今後注視すべき感染症として、ザイール株以外のエボラ出血熱とエボラ類似のマールブルグ出血熱、MERS、新型インフルエンザを上げている。それら感染症が拡大したときの対策はほとんど準備されてないことを警告している。
 
現在作製されているエボラワクチンはザイール株以外には無効であり、またザイール株に対するモノクローナル抗体を用いたZMappも新たに発生するエボラには無効であることの認識に、世界は欠けていることを強調している。
 
MERSコロナウイルスはラクダの間で広がっていて、そこから人が感染を受けているが、ウイルスはアフリカ全域から世界に拡大する懸念がもたれている。
 
新型インフルエンザは、いつ鳥や豚の間から発生してもおかしくはなく、起きる可能性を論じるのではなく、いつ起きるかということと、そのための対策を論じるべきとされる。
 
また、ワクチンはどんなに急いでも流行には間に合わなく、かっての新型インフルエンザ(H1N1pdm)の際は、流行のピークを終えたころに世界に供給され、購入した多くの国は破棄することになり、国内で政府が批判された国もあった。(訳者注:日本では欧米各国が破棄しだした頃に1,000億円で海外メーカーのワクチンを購入している。ワクチンはその後破棄された)
 
New York Times では、流行当初から消毒用の塩素剤、感染予防装具等が不足していたにも関わらず、WHOが対応したのは非常に遅かったことなどを上げ、委員会の諮問内容を紹介している。
 
 

◆国内の報道姿勢について

 
筆者がいつも思うことは、グローバルな感染症に関して報道するのは、国際的通信社の他、米国、カナダ、英国、さらには中国の新華社等の世界的報道機関であるが、日本の報道機関のウエブの英語版では取り上げられることはなく、また日本語版、さらには紙面上でも希である。
 
これでは我々は、政治的情報だけでなく感染症に関しても、自国に被害が及ぶ可能性が無い限り、いつまでも無関心状態が続くと考えられる。
 
多分、英語で論じられることは自分たちにあまり関係のあることではないという、島国的感性が未だ国民全体に残っているせいだろうと考えている。
 
我が国のネット環境がこれだけ進化しても、英語情報にも目を向ける習慣が出来ていないことを、周辺の報道関係者、行政関係者、そして医療関係者達に感じる。
 
 
【参照記事】
 
Disease specialists identify post-Ebola threats, Nature.com(英国、国際)「感染症専門家達、エボラ後の危険な感染症を予測」2015年12月8日
 
Ebola global response was 'too slow', BBC News(英国)「エボラに対するWHO対応は緩慢過ぎた」2015年11月23日
 
Panels Advise Bolstering WHO for Crises Like Ebola, New York Times(米国)「委員会、エボラのような感染症危機に対してWHOの補強が必要と提言」2015年11月23日
 
Ebola experience leaves world no less vulnerable, Nature.com(国際)「エボラ体験によっても国際的感染症対策には進展はない」2015年11月23日
 
 
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外岡立人(医学博士、前小樽市保健所長)

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