コラム

    • 医療事故調査制度

    • 2015年09月15日2015:09:15:10:45:05
      • 平岡敦
        • 弁護士

1 医療事故調査制度の発足

 
医療事故調査制度を盛り込んだ改正医療法が平成26年6月18日に成立し,平成27年10月1日から施行されることになった。医療事故調査制度は,医療安全の確保を目的として,国内のすべての医療機関に,医療事故の調査を義務付けるもので,そのインパクトには非常に大きなものがある。以下,医療事故調査制度の内容と問題点について解説する(註1)
 
 

2 医療事故調査制度の目的

 
医療事故調査制度が導入される過程では,医療事故調査制度は医療事故に関する医療機関の説明責任を果たすもの(過失の認定につながる)にすべきとの主張と,医療安全を目的とする制度とすべきとの主張との間で,激しい議論の対立があった。
 
しかし,厚生労働省は,制度の施行に当たり,医療事故調査制度は医療機関や医療従事者が医療安全のための学習を行うことを目的とした非懲罰性,秘匿性,独立性を確保した制度であると宣言した(註2)。ただし,後述するように,理念がそうであっても,実質的な効果として民事・刑事の司法責任追及に利用されるリスクが完全に払拭されているわけではないので,これからの運用方法のあり方が注目される。
 
 

3 医療事故とは?

 
(1)医療事故の要件
まず医療事故調査制度の対象となる「医療事故」とはいかなるものかが問題となるが,改正医療法6条の10第1項では,以下の3つの要件をすべて充足したものであるとされている。
① 医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われること かつ
② 死亡又は死産であること かつ
③ 病院等の管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定める場合に該当すること
 
(2)管理者が予期しなかったとは?
上記の「病院等の管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定める場合」とは,改正医療法施行規則1条の10の2によると,以下の3つのいずれにも該当しない場合であるとされている。
③-1 当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該医療の提供を受ける者又はその家族に対して当該死亡又は死産が予期されることを説明していた
③-2 当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産が予期されることを当該医療の提供を受ける者に係る診療録その他の文書等に記録していた
③-3 病院等の管理者が、当該医療を提供した医療従事者等からの事情の聴取(略)を行つた上で、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産を予期していたと認めた
 
(3)以上から,医療事故調査制度の対象となる医療事故とならないようにするためには,死亡や死産が予期されることを,予め患者又は家族に説明したり,カルテに記載したりしておくことが重要となる。ただし,患者の病状等を踏まえない一般的な死亡可能性についてのみの説明又は記録では,「死亡又は死産の予期」に該当しないとされているので(註3),注意が必要である。
 
 

4 医療事故調査の流れ

 
不幸にして医療事故調査の対象となる医療事故が発生してしまった場合,以下のような手順で医療事故調査を行うこととなる。
① 遺族に対し,医療事故が発生した日時、場所及びその状況,医療事故調査の実施計画の概要,解剖又は死亡時画像診断を行う必要がある場合には、その同意の取得に関する事項などを説明。
② 医療事故調査・支援センター(註4)に対し,医療事故の日時、場所及び状況,患者の性別・年齢等,医療事故調査の実施計画等を報告。
③ 医療事故調査を実施。
④ 遺族への結果説明
⑤ 医療事故調査・支援センターへの結果報告
 
 

5 医療事故調査の内容

 
医療事故調査に当たっては,下記の様な内容の調査を適宜選択して実施することが求められている(改正医療法施行規則1条の10の4第1項)。医療事故調査は,規模の大小にかかわらずすべての医療機関に義務付けられるので,規模の小さな医療機関にとっては大きな負担となる。
① 診療録その他の診療に関する記録の確認
② 医療従事者・関係者からの事情の聴取
③ 死亡した者又は死産した胎児の解剖
④ 死亡した者又は死産した胎児の死亡時画像診断
⑤ 使用された医薬品、医療機器、設備その他の物の確認
⑥ 死亡した者又は死産した胎児に関する血液又は尿その他の物についての検査
 
 

6 医療事故調査等支援団体

 
医療機関は,医療事故調査等支援団体に対して医療事故調査を行う上での支援を求めることができる(改正医療法6条の11第2項)。医療事故調査等支援団体とは,医学医術に関する学術団体その他の厚生労働大臣が定める団体である。
 
厚労省告示で(註5),職能団体(日本医師会,日本歯科医師会,日本薬剤師会,日本看護協会などとそれらの都道府県の各団体),病院団体(日本病院会,全日本病院協会,日本医療法人協会など),病院事業者(国立病院機構,国立がん研究センター,国立循環器病研究センター,日本赤十字社など)及び学術団体(日本医学界に属する81学会,日本歯科医学会など)が医療事故調査等支援団体として指定されている。
 
遺族も,医療事故調査・支援センターに対して,医療事故の調査を依頼することができる(改正医療法6条の17第1項)。この場合,遺族は調査費用を負担する必要があるが,その費用は数万円程度とされている(註6)
 
 

7 医療事故報告書

 
院内事故調査の結果は,事故調査報告書にまとめられることになる。ただし,院内事故調査は,医療安全を目的として,医療機関や医療従事者の学習のために行われるものであり,説明責任を果たすために行われるものではない。したがって,事故調査報告書に医療従事者や医療機関の過失の有無やその検討経過を記載する必要はないし,また,すべきでもない。
 
なお,医療事故報告書を医療事故調査・支援センターや遺族に提出する場合や,その内容について説明する場合には,医療事故に係る医療従事者の識別ができないように加工しなければならないとされている(改正医療法施行規則第1条の10の4第2項)。
 
 

8 司法制度との関係

 
最初に述べたとおり,医療事故調査制度の目的は医療安全の確立であって,医療従事者や医療機関の責任追及ではない。厚労省のホームページでもそのように述べられているし,それを裏付けるための規定も存在する。しかし,医療事故調査の実施が義務付けられているので,その結果が何らかの形で保存されていることが関係者には自明の事実となる。とすると,医療事故調査制度の理念とは関係なく,医療従事者や医療機関の責任を追及しようとする当事者(患者,家族,捜査機関)にとっては,その資料が貴重な証拠であることには変わりがない。とすると,理念をいかに設定しようと,実質的な効果として医療事故調査の結果が司法的な手続きで利用される懸念は払拭できない。
 
厚労省も,「報告書を訴訟に使用することについて、刑事訴訟法、民事訴訟法上の規定を制限することはできません」(註7)と述べている。したがって,司法制度の中で医療事故調査制度をどのように位置づけていくのか,司法関係者の良識が問われることになる。事故調査報告書は医療機関自体が作成名義人であるから,刑事司法の領域では自己負罪拒否特権との関係を整理する必要がある。民事司法の領域では文書提出命令の例外である自己利用文書(民事訴訟法220条4号ニ)との関係を整理する必要がある。
 
医療安全のために創設された制度が,結果として司法責任の追及のために用いられたのでは,医療事故調査の過程で真実を語ることが抑制され,制度として機能しなくなることは火を見るより明らかである。そうなると,医療安全の面では従来よりも後退した事態も生じかねない。医療安全を確立し,国民が安心して医療を受けられるようにするためには,医療事故調査制度がその理念どおり医療安全のための学習を行うことを目的とした非懲罰性,秘匿性,独立性を確保した制度として運用されることが必要である。
 
 
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註1:この文章は,制度施行前に書かれたものであり,まだ確定的でないことを多く含んでいるので,実際に制度が施行された場合にはこれと異なる運用がなされる場合がある。
註2:厚労省HPの「医療事故調査制度に関するQ&A」(Q1)
註3:厚労省医政発0508第1号平成27年5月8日「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律の一部の施行(医療事故調査制度)について」
註4:医療事故調査を行うこと及び医療事故が発生した病院等の管理者が行う医療事故調査への支援を行うことにより医療の安全の確保に資することを目的とする一般社団法人又は一般財団法人で,厚労省が認定するもの(改正医療法6条の15)。
註5:厚生労働省告示第343号(平成27年8月6日)
註6:厚労省HPの「医療事故調査制度に関するQ&A」(Q17)
註7:同Q19
 
 
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平岡敦(弁護士)

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