コラム

    • イノベーションを生み出すもの

    • 2013年05月14日2013:05:14:09:05:00
      • 河原ノリエ
        • 東京大学大学院情報学環・学際情報学府 特任講師

■アジアのがんに関する学際的プログラム

 
アジアのがんという一つの事象に注目して、それを通して見えてくるアジアが抱える今日的課題についての学際的な学びの場を、東京大学の全学横断型プログラムの一環として講義をはじめて、この春で3年目になる。学生も医学のみならず、様々な領域のバックグランドをもつ学生が集まってきており、今期のテーマは、「人類の進歩にとってがんはどんな意味をもっているのか。」である。
 
「正解のない問いである人類の難問としてのがんへの自らの問いを立てることは混沌としたアジアの現実と向き合う対話の回路をもつことである」という、抽象度の高いテーマを投げたのだが、学生たちは毎回それぞれのバックグラウンドの中から自らの問いをたてて、様々な領域の専門家たちと議論を重ねている。
 
こうした大学という場所の学びが、社会を構成する視点の広がりにつながっていくことを願っている。
 
 

■アベノミクスと医療の産業化、国際競争力強化

 
6月に発表されるという安倍政権の成長戦略の中では、医療の国際競争力の強化が中心課題のひとつになるとの報道がなされている。
 
経済発展目覚ましいアジア市場を見据えて、医療の産業化、国際競争力強化が叫ばれている。日本は、世界的にみても高水準の医学研究と医療の質を持ちながら、国際競争力を持ちえないゆえ、医薬品や医療機器などの輸入超過が続き、約3兆円もの貿易赤字になっているのが実情である。その理由としては、医薬品医療機器の承認までのプロセスの問題や法人税の高さや治験実施が容易な巨大な施設がないことなど、日本の医薬品開発研究が敬遠される様々な要因が、医療の産業化を阻んできたとされている。
 
そうした状況のなかでも、日本がアドバンテージを持つ領域として先端医療技術のがん治療領域をアジア諸国に売り込むことも、その医療成長戦略の一環として注目を浴びている。
 
 

■真の国際競争力の獲得のために

 
こうした流れはアジアのがん連携を進めようと考えてきた我々にとっても、大きな期待を抱かせる方向性だが、アジア社会全体の動向を見据えて本当に実効性のあるグランドデザインを描きえる構想力を持ち得ていけるのだろうか。
 
次世代を切り拓くキーワードとしてイノベーションという言葉が乱舞しているのだが、この言葉は、サイエンスの強化や、規制の緩和や司令塔の設立だけで実現するものではないとおもう。新しい時代を切り拓くイノベーションとは、最先端から生まれるものとは限らない。大きな視点にたって全体を眺望すると、互いに全く関係のない事象でも、受け手の考え方や意識、その場の感覚で、新しい展開をみせるもの。
 
実証的なデータが体系的に集められてこなかったアジアにおいて、これまで掘り起こされてこなかったアジア地域の事実や概念比較のための軸などが、異分野の出会いによって、発見される。これが学問のイノベーションともいうべき新しい視点である。アジアの地域研究などがつないできた視線の高さ、普遍的な人間存在への洞察の智慧などが、閉塞状況の突破口にもなりうるはずだ。
 
前のめりになりがちな昨今のアベノミクス視点は、真の国際競争力の獲得のためにはどんな智慧が必要か、少し立ち止まって考えてみたらどうだろうか。
 
 
 
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河原ノリエ(東京大学 先端科学技術センター 総合癌研究国際戦略推進講座 特任助教)
 
 
 
東京大学横断型講義 アジアでがんを生き延びる
東京大学出版会から、書籍になりました
 
 
 赤座英之、河原ノリエ(編)
 東京大学出版会
 A5判・232頁/税込3360円(本体3200円) ISBN978-4-13-063402-1
 
“感染症から非感染症へと疾病構造が変容するなか、アジアにおけるがんは急増している。医療のみならず、政治、経済、外交、文化などさまざまな課題と密接に関わるがんに、私たちはどのように向き合えばよいのか。東京大学日本・アジア学講義を書籍化”

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