コラム

    • 配置転換・転勤の有効性について

    • 2013年02月19日2013:02:19:09:30:00
      • 尾畑亜紀子
        • 弁護士

 

1.配転と転勤の定義

 
企業において、人材は宝であるとはよく言われることである。もっとも、人は千差万別、能力も人それぞれであって、どのような人材をいかなる業務に配置するかによって、当該企業の存続に影響を及ぼすこともある。
 
そこで、今回は、企業の人員配置の権限について、配置転換、転勤の有効性という観点からその限界を検討したい。
 
まず、配置転換とは、同一事業所内での部署の変更であり、それに勤務地の変更が伴う場合が転勤である。いずれも職務内容あるいは勤務場所が相当の長期間にわたって変更される。
 
 

2.問題の所在

 
昨今、雇用形態が様変わりし、非典型雇用が増加しているものの、日本の労働環境は、従前同様長期雇用が中心であると思われる。
 
長期雇用制のもとでは、正規従業員は職種・職務内容や勤務地を限定されずに採用される。そして、企業内での人材の職業能力、地位の上昇に合わせ、あるいは事業場における人員補充のため、定期的に人員の異動が行われる。かかる人事異動は、長期雇用制のもとでの労働契約関係において、使用者に労働者の職務内容や勤務場所を決定する権限が与えられるからである。使用者の配置転換及び転勤命令権(以下、包括して「配転」あるいは「配転命令権」という。)は、通常、就業規則において定められる。
 
ところが、使用者の配転命令に従わない従業員がおり、これが紛争の発端となる。就業規則上人事命令権の一環として配転命令権が定められている以上、従業員は従わなければならないと思われるところ、使用者の配転命令権に限界はあるのであろうか。あるとして、限界をどのように考えるべきか。
 
 

3.紛争の態様(労使双方の主張)

 
配転命令に不満がある従業員は、通常職種限定あるいは勤務場所が限定されているとの主張を行ったり、使用者の配転命令が、当該従業員の家庭環境等に鑑み、権限濫用であると主張したりするのが一般的である。使用者は、通常就業規則の配転に関する規定や、人員の適正配置を根拠に、配転の有効性を主張する。
 
 

4.リーディングケース

 
最高裁において、規範が示されたのは、ある全国展開している会社において、ある従業員に対し大阪から広島への転勤を内示したが、拒絶され、やむを得ず名古屋への転勤を内示したが、これも拒絶されたために、懲戒解雇処分とした事案である(東亜ペイント事件。最判昭和61年7月14日労判477号6頁)。
 
最高裁は、使用者の配転命令権について、「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示した。
 
従業員は、幼い子の存在や、保母の勉強をしている妻、そして、大阪を離れたことがない母の存在を主張し、家族との別居を余儀なくされることを主張したが、最高裁は「家族状況に照らすと、名古屋営業所への転勤が被上告人に与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである」、と述べて従業員側の主張を退けた。
 
 

5.検討

 
上記最高裁の判断を前提にすれば、家族との別居を余儀なくされるという理由では配転命令は濫用とならないことになる。
 
また、職種限定の合意があったとの主張も、特殊の技術、技能、資格を有する従業員で、採用時にかかる技能等を活かすことを前提に職種を限定されて採用された者であるとの認定がなされない限り、配転命令は有効と判断されるものと思われる。
 
上記最高裁の判断に照らしても、あるいは企業の生き残り自体が厳しくなっている昨今の経済情勢に鑑みれば、およそ、「経験がない」とか「今の仕事を極めたい」とか「今住んでいる場所を離れたくない」という理由だけでは配転命令を拒絶できないことは自明であろう。
 
生き残りのために試行錯誤する企業側と、個人の幸福追求を最優先にする従業員側の意識の違いが、紛争を増加させているように思われる。
 
 
 
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尾畑亜紀子(弁護士)

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