コラム

    • 海外留学 ~ 英語なのか?グローカル思考の獲得なのか?

    • 2012年09月25日2012:09:25:00:00:05
      • 森宏一郎
        • 滋賀大学 経済学系 教授

 

■はじめに

 
先日、あるメキシコの大学に赴き、講義を行う機会があった。この仕事は、私が勤める大学の国際協定校との関係発展の一環である。簡単に言えば、日本人学生の留学機会を増やし推進しようというわけだ。
 
この出張を通じて、日本人学生の海外留学やグローバル化について考えさせられる機会を持つことができた。そこで、本コラムは、海外留学について、随想風にあれこれ書いてみたい。
 
 

■グローカル化

 
表題につけた「グローカル」という言葉は、伊丹敬之『グローカル・マネジメント』(日本放送協会出版、1991年)から学んだものである。世界経済が緊密に結びついた結果、かえって国境を意識せざるを得なくなり、ボーダーレスではなく、ボーダーフルとなると同時に、国境の外と頻繁にコミュニケーションを取らざるをえなくなったという。
 
国境の内・外を明確に意識せざるを得なくなったがために、かえってローカリゼーションが進み、地球規模でのローカリゼーションとそれぞれのローカルが緊密かつ頻繁につながりを持つという世界ができたというわけだ。
 
この流れの表層的な現象は、サービス産業を中心とした英語社内公用語化の動きである。楽天やファーストリテイリング(ユニクロ)の事例は有名だ。
 
しかし、地球規模でのローカリゼーションという意味では、各ローカルの歴史・文化・社会・経済システムを、実感を伴って理解するということがより重要である。机上の勉強が重要なのは当たり前だが、経験からくる暗黙知のようなものも大いに有効だろう。
 
 

■大学生の海外留学

 
近年、日本人学生の海外留学数は減少してきており、日本人学生が内向きになったと言われている。その理由は定かではないが、日本の経済状況が悪く、就職活動の厳しさから、悠長に海外留学などしている余裕がないからかもしれない。また、経済状況の悪化が影響して、留学資金の確保が困難ということもあるかもしれない。
 
筆者が勤める滋賀大学で、海外留学に関心がある86名を対象としたアンケート調査(注1)を行った。実際に、その約半数が留学資金確保に問題があると回答し、約14%が就職を含む将来のための準備との両立に問題があると回答している。
 
しかし、ビジネスの現場でのグローカリゼーションに真に立ち向かおうと考えるならば、留学による経験値の獲得は重要であり、なんとももったいない状況となっている。
 
 

■英語化圧力vs.経験値

 
気になるのは、楽天やファーストリテイリングなどの社内英語公用語化のニュースが話題となり、学生の間に英語のプレッシャーが先行していることである。
 
例えば、既述の滋賀大学でのアンケート調査によれば、語学留学希望の27人のうち26人が英語圏への留学を希望している。また、交換留学・私費留学・語学留学を希望する者の半数超が語学力向上を一番の目的に掲げている。
 
しかし、時代は大きく変わり、私が大学生だった頃とはかなり様相を異にしており、いつでもどこでもインターネットや衛星放送を利用して多彩な英語番組にアクセスできる状況にある。さらに、その気になれば、国内留学で英語漬けにする機会もたくさんある。
 
英語のためだけならば、海外留学など必要ないと言ってもよいだろう。さらに、こうした英語に対するプレッシャーからの留学希望では、「海外留学すれば英語はどうにかなる」という安易な考えを蔓延させているようにも感じる。
 
自身のグローカル化のための経験値獲得を第一として、海外留学に挑戦し、その過程で生き抜くための語学力を養うというスタイルを推奨したい。留学は、ある程度の時間を異国の地で過ごすことになるため、語学研修とみなすのはもったいない話である。それは、人生の重要な一過程なのだ。もう少し中長期的な視点で捉えてもらいたい。
 
 

■ダラス空港の社会コスト

 
今回のメキシコ出張は以上のようなことを考えながらのものであったわけだが、いくつか、興味深いことがあった。留学の面白さと通じるところがあるので、紹介しておきたい。
 
メキシコへ行く途中、アメリカのダラス空港で飛行機の乗り継ぎが必要だった。そこで、入国審査手続に長蛇の列ができていた。到着時間や留学生が多数到着するシーズンであることが影響しているのは事実だろうが、事務官に尋ねてみると、日常的な光景だという。
 
どの時点と比較するかにもよるだろうが、少なくとも2001年のアメリカ同時多発テロ事件の影響を受けているのだろう。それ以降、入国審査は非常に厳重かつ慎重になっているようだ。これは、社会的信頼を失っていることの大きな社会コストである。そのコストを実感する光景だった。
 
経済学では、必ず市場メカニズムの効率性について勉強するが、市場が効率的に機能しているとき、この種の社会コストが社会的信頼によって大幅に節約されている。
 
例えば、お店でアイスクリームを買うとき、このアイスクリームに毒が入っていないかどうかを疑い始めたらどうなるだろうか。種々の尋問や化学的検査を経なければならないとしたら、アイスクリームを安心して食べられる頃には、すでに溶けてしまっているだろう。
 
ダラス空港での光景は、机上で学んだ世界と連動して、現実を実感する良い機会であった。少なくとも日本の空港よりは煩雑・慎重になっており、ローカル間での歴史を背景とする社会システムの差異を反映している現象である。
 
 

■メキシコ人学生の正体

 
みなさんは、メキシコ人に対して、どのようなイメージを持っているだろうか? 陽気、社交的、活発・・・。私はこんなイメージを持っていた。実際に、街を歩けば、イメージ通りの光景に出会える。
 
このイメージを持って、私は異なる3つの学部で講義を行った。しかし、3度とも共通していたのは、メキシコ人学生は講義中では、陽気でも社交的でもないということだ。
 
メキシコ人学生は非常に慎重で、こちらから投げかける質問に挑戦的、積極的に答える学生はほとんどいない。すぐに手を挙げるのは、スウェーデン、ドイツ、アメリカ、フィンランドなどからの留学生たちだ。
 
メキシコ人学生は確実に正しいと言えそうな答えしか語りたがらないという。ある意味では、日本人学生と共通しているかもしれない。ただ、メキシコ人学生たちは、講義開始前の談笑には、大いに口を開くのである。
 
 

■本気の国際化

 
訪問した大学の経済学部の国際化に舌を巻いた。修士課程の完全英語公用語化を実現している。学部長はイギリス人であり、教員スタッフはフィンランド、フランス、ドイツ、アメリカなどと、多国籍化を実現している。
 
まるで、大学キャンパス内に、スモール・グローカル化を起こしているような世界だ。メキシコ人ならば、国内の大学に進学してもグローカル化の経験値を積める機会が得られるということになりそうだ。
 
実を言えば、私は、メキシコ仕様として、口ひげを少々伸ばし、若干のオールバック風のヘアスタイルで訪問したのだが、この経済学部訪問時には、全く無意味で気恥ずかしかった。むしろ、日本人の風格を漂わせて乗り込むことこそがふさわしかったのだ。グローカルにするべきだったのだ。
 
これらは私が海外の現場で実感した話だが、こうしたことが留学の面白さなのだと思う。英語のためだけの留学は、するなかれ!
 
 
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注1:滋賀大学国際センターが実施したもので、児玉奈々氏と筆者が共同で実施した。
 
 
 
--- 森宏一郎(滋賀大学国際センター准教授)

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