コラム

    • シナリオ分析の面白さ

    • 2012年04月24日2012:04:24:00:05:00
      • 森宏一郎
        • 滋賀大学 経済学系 教授

 

2025年の日本。個人主義と自己責任が人々の固定的な価値観となり、現在のアメリカ並みの格差社会が定着している。相互扶助のコミュニティや社会的な絆を重視する考えは過去のものとなり、事実、ほとんど存在しない。
 
医療分野も例外でない。公的医療保険制度は形骸化し、金額ベースでは保険外診療が保険診療を大きく上回っている。富裕層が最先端の高度医療に対して惜しみなく支払を行うため、最先端医療の提供者が保険適用を要望するインセンティブは小さい。むしろ、富裕層の手によって、医療のフロンティアが開拓されている状況である。高齢化はピークを迎え、公的保険の財源は慢性的に不足し、政府も保険適用範囲の拡大に取り組もうとしない。
 
そういう状況下で、富裕層の中に社会的視点を有する人たちが登場する。彼らは最先端医療の研究開発段階から投資を行う。副作用などのリスクと治療効果の検証に一定の目処が立つと、支払能力に応じた価格設定を行って、一定の利益を確保しながらも社会全体に最先端医療サービスを提供するようになる。
 
こうなると、公的医療保険は旧来からの適用範囲に完全に閉じ込められてしまう。他方、富裕層が組織化した最先端医療提供サービスはどんどん拡大するとともに、社会的に望ましい提供体制であることが事後承認されていく。政府もコスト負担しなくて済むことから、公的医療保険制度に代わる制度として定着していく。結果的に、医療の民営化が起きているが、医療サービスへのアクセス格差はきわめて小さい。ここに、日本独自の混合医療サービス提供システムが登場する。
 
 
 上記のストーリーをおもしろい話だと感じただろうか? もちろん、現実を分析した話ではない。これは筆者が勝手に描いた1つの未来予測シナリオである。
 
 先日、総合地球環境学研究所のプロジェクトにおいて、シナリオ分析とはどういうものなのかに関する講演を2人のエキスパートから聞く機会があった。一人は角和昌浩氏(東京大学)であり、もう一人は鷲田祐一氏(一橋大学)である。本コラムでは、彼らの講演から得た筆者の気づきをもとに、その面白さと有用性を簡潔に述べたい。
 
 

■シナリオ分析とは何か

 
 シナリオ分析とは、ありとあらゆる将来の変化を分岐させて予測して豊かに描き出し、その変化に対応する打ち手を考え出すことである。
 
 誤解を恐れずに言えば、シナリオ分析では、因果関係が本当に成立するか、ストーリーが起こり得るようなものなのか、といった論理のつながりを厳密に問わなくてもよい。精緻さを要求しない代わりに、変化予測ストーリーとしての「内容の豊かさ」や「活きの良さ」を求める。われわれの前頭葉を刺激するような、独創的でエキサイティングな将来予測シナリオをいかに紡ぎ出せるかが勝負の分かれ目となる。
 
 従来の科学的調査研究が担ってきた、因果関係を精緻に追いかける作業に固執せず、論理の飛躍を恐れずに価値あるデザインを世の中に提示する。豊かな未来予測の絵の中からこそ、キーファクターを見つけ出すことができ、仮に予測されない変化が起きても対応可能になる。厳密さや精緻さをある程度犠牲にして、大胆に「物事の本質」に迫ろうとする。そういった試みにこそシナリオ分析の面白さと良さがある。
 
 実際に、角和氏との対話の中で、個々の利害関係者の行為にまで入り込んだ豊かで極端な未来予測像を聞かされたとき、「そんなことはあり得ない」というような固定観念に縛られている自分に気づかされた。さらに、彼の提示した未来像をベースに、いつのまにか自分が本質的なことやそれまでは思いもよらなかったストーリーを考え始めていることに驚かされた。
 
 

■シナリオ分析のススメ

 
 大学のようなアカデミックな世界では、シナリオ分析のような未来志向のデザインを行う手法が占める部分は相対的に小さい。一方で、より現場に近く、明確なクライアントが存在するシンクタンクや企業の調査部門では、シナリオ分析が活躍できる部分がかなり大きいのではないか。
 
 実際、シンクタンク等では実態把握のアンケート調査を行うことが多い。勿論、現状の適切な把握は課題解決の第一歩であり、重要な作業である。しかし一方で、未来志向の大胆な仮説構築に対しては慎重になりがちだ。「現状の把握だけではもったいない・・・」これは筆者が常々抱いていた問題意識でもあった。
 
 現状把握に留めるのではなく、そこから風呂敷を広げてみたい。その際に、シナリオ分析の手法は大いに参考になる。未来予測を豊かに描き出し、考えられる問題やリスクを明確化したうえで打ち手を提示できれば、彼らのクライアントにとってのみならず、社会的価値も大きいだろう。
 
 精緻な分析からインプリケーションを引き出すという従来の科学的方法だけに縛られず、自由に豊かに未来予測を繰り広げて、将来変化リスクに対する打ち手を大胆に提示する。このようなシナリオ分析の考え方は、シンクタンク的な機能を持つ組織でこそ活きるのではないだろうか。
 
 
 
--- 森宏一郎 (滋賀大学国際センター 准教授)

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