コラム

    • なぜ「シーベルト」で公表するのか

    • 2012年01月10日2012:01:10:14:18:28
      • 杉林痒
        • ジャーナリスト

 

 福島第一原発の事故でばらまかれた放射能が人体に入る「内部被曝」の不安が静かに広がっている。その原因の1つは、検査をする側の対応にある。

 
 まず、検査機械であるホールボディーカウンターを持つ機関が検査希望に十分に応えていない。
 
 茨城県の橋本昌知事は「行政が必要だからやってくださいというと、途端に皆さん方、不安を感じられるということもある」(昨年11月29日定例記者会見)などとして、内部被ばくの検査をしない方針を説明している。その方針のもとになった有識者の会議も「我々が判断していく上でどうすればいいかということの参考意見をお聞きするという形」だからという理由で公開せず、会議のメンバーさえ明らかにしていない。
 
 ホールボディーカウンターは、国が把握しているだけで全国に106台ある。程度の差こそあれ、あまり利用されていないようだ。
 
 さらに、橋本知事は、福島の調査結果を見れば、「健康調査は必要ない」ということがわかるとも言っている。
 
 その福島県の調査結果というのはここにある。これを見ると、「1mSv(ミリシーベルト)未満」「1mSv」「2mSv」「3mSv」と、なんとも大ざっぱな表記をしているのだが、専門家の間からは、これでは実態がわからないという指摘が出ている。
 
 そもそも、ホールボディーカウンターで確かめることができるのは、検査時点に体内にある放射能の量(単位はベクレル)でしかない。それを無理矢理、健康への影響を表す被ばく量(シーベルト)に置き換えている。
 
 この結果を見ると、9182人中、9159人と99.7%が「1mSv未満」のところにある。これではどのような分布をしているかさえわからない。1mSvを非常に小さい値のように印象づけて、全体が取るに足らない内部被ばくだったと思わせることがねらいでは、と受け取られても仕方がない公表方法だ。
 
 果たして「1mSv」は小さな値なのか。この被曝量は大人で50年間、子供で70歳までの累積の被ばく量(預託実効線量)に換算したものと説明されている。原発事故後に被ばく量として話題になったのは1年間の被ばく量で、それも「100ミリまで安全」とか、「1ミリ」とかが議論になった。厳しい立場と見られている「年間1mSv」に比べたら、50年で1mSvなら大したことはないではないか、と思う人も多いことだろう。
 
 そこに、この見せ方の大きな問題点がある。というのも、体内に入った放射性セシウムは大人でも100日程度で半分に減る。要するに1000ベクレル入ったとしても、300日たつと8分の1の125ベクレルまで減るということだ。1年たてば10分の1以下に減る。
 
 ということは、50年といっても、そのほとんどを1年のうちにあびているということだ。外部被ばくもある福島県で、それに加えて体内から1mSv近い放射線をあびることだと理解したほうがいい。内部被ばくの1mSvは、決して少ない被ばくではないのだ。なのに、「1mSv未満」でばっさりやっているのが福島県の発表方法だ。
 
 さらに、実際にはどれだけの放射能があるか、という視点からも見てみよう。体内にあることがわかった放射能量(単位はベクレル)は、「実効線量係数」を使って被ばく量に換算される。ここから割り戻して1mSvの被ばく量から放射能量を逆算してみよう。
 
 体内の放射能がセシウム137だとすると、呼吸などによる「吸入摂取」の場合で約15万ベクレル、食事などを通じた「経口摂取」だと7万7千ベクレルとなる。セシウム134は係数が大きくて、約5万3千ベクレル(経口)になるので、放射性セシウムで6万ベクレルぐらいはあることになってしまう。体重60キロだとしたら、1キロあたり1000ベクレルとなる。
 
 この値はどう評価したらよいのか。実は、チェルノブイリ原発で大きな被害が出たベラルーシ共和国で市民の健康管理をしている民間団体のベルラド放射線安全研究所は、大人は体重1キロあたり200ベクレルを「危険レベル」、70ベクレルを「要監視レベル」と決めている。子供は70ベクレルが「危険」、20ベクレルが「要監視」だ。
 
 要するに、体重60キロの大人で「0.2mSv」あったら、ベラルーシでは「危険レベル」なのだ。子供の場合は換算係数が違うのであえて計算しないが、1mSvが小さい被ばく量でないことだけは確かだ。
 
 内部被ばくは、ベラルーシでも、ウクライナでも、実際に計測した量である「ベクレル」で管理されている。それをわざわざ推計数値である「シーベルト」に換算して、非常に大ざっぱなくくりで発表したあげく、「全員が健康に影響が及ぶ数値ではありませんでした」とかたづけるやり方は、県民の健康のことを真剣に心配している姿勢と見ることができるのか、はなはだ疑問が多い。
 
 
 
 
 
 
 
 
--- 杉林痒 (ジャーナリスト)

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