コラム

    • 【緊急寄稿】人為的に作成された致死率60%のH5N1ウイルス

    • 2011年12月06日2011:12:06:11:15:15
      • 外岡立人
        • 医学博士、前小樽市保健所長

 

 それは世界的通信社であるカナダ通信社から11月19日に世界に発信された。

 

 そして英国の報道機関でも伝えられ、その後日本を除く世界の先進国の報道に載った。

 

 オランダのエラスムス医学センターのウイルス学者であるRon Fouchier教授のチームが、フェレットへの感染実験を10回繰り返し、容易に空気感染(飛沫感染)して感染相手を高率に死に追いやる変異ウイルスを作成した。

 

 フェレットは免疫システムが人と似ているため、インフルエンザウイルスの感染実験に使われるが、そこで示される感染性と病原性は人でもほぼ類似していると考えられている。

 

 H5N1鳥インフルエンザウイルスは人には未だ感染しにくく、世界での感染例は現在まで571例であるが、その60%近くで死亡している。ただしこの致死率は国によって異なり、インドネシアでは82%と脅威的に高率となっている。

 

 発表内容によると作成ウイルスは、オリジナルのウイルスと等しい致死率をフェレットで示したとされるから、このウイルスが試験官外に漏れるか、または他の場所でテロを目的として作成されると、地球上の人間の半数以上が死亡する危険性がある。

 

 同チームの研究結果は米国の超一流科学雑誌である”Science”に投稿されているが、雑誌編集部はその発表の危険性を考慮して、米国連邦政府顧問委員会の一つである”バイオセキュリティー科学顧問委員会(NSABB)”に評価を依頼している。なお現在同雑誌編集部が掲載を保留して、NSABBに出版の妥当性の検討を依頼している論文に、東京医科研の河岡義裕教授のものもあるとされる。同研究は米国ウイスコンシン大学との共同研究であるが、内容はオランダチームのそれと類似しており、人に感染するH5N1ウイルス変異をテーマにしているとされる。内容は公表されていない。

 

 

 なお、NSABBに出版の可否を巡って評価が依頼される研究論文は、これまでは少なかったといわれる。

 

 以下、オランダチームの作成した致死的ウイルスに関して、若干検証してみる。

 

 同チームはまずフェレットに感染しやすいように既知の方法でウイルス遺伝子構造に変化を加え、その後10回の感染をフェレット間で繰り返したところ、10代目の感染フェレットから分離されたウイルスが、高度の致死力を維持したまま周辺のフェレットに空気感染(飛沫感染)する特性を獲得していたとされる。致死力は元々のウイルスと同等であった。

 

 遺伝子解析によると5回の小さな変異が起きていて、その変異過程も詳細に把握された。

 

 同チームの研究は、米国の国立衛生研究所(NIH)から助成金が出ており、その研究目的は、H5N1ウイルスが人に容易に感染するようになり、世界的パンデミックを起こす可能性があるのか、もしその可能性があるとしたならどのような変異が必要か等であるとされる。

 

 同研究は生物兵器の開発にもつながり、”軍事・民生”共有の研究(dual use research)といわれる。

 

 サイエンス編集部から発表の妥当性の検討を依頼されているNSABBのPaul Keim委員長は、委員会では数週間に亘って内容を論議してきていて、間もなく委員会としての見解を公表すると語っている。

 

 同委員長は、これほど危険な病原体は他にはないと語り、そして委員会として多くのコメントが用意されていると付け加えている。

 

 また同氏は長年炭疽菌に関して研究してきている専門家であるが、これほど恐ろしい病原体は他にはないだろうし、全てにおいて炭疽菌以上に恐ろしい、と語っている。

 

 なお論文がScienceに掲載されるかどうかは現時点では不明であるが、NSABBには掲載に関する決定権はないとしても、雑誌編集部に掲載しないように勧告は出来るという。

 

 さらにピッツバーグ医学センターのバイオセキュリティーセンタ長で、バイオテロリズムの専門家であるThomas Inglesby博士は以下の様にコメントしている。

 

 「研究者が致死的ウイルスを、さらに致死的で感染力の高いウイルスに変異させる研究は許されるべきではない。さらに、その内容を公表して他の人間に同様な実験を可能にすることは決して許されるべきではない」。

 

 

 一方、こうした研究を容認し、論文として科学雑誌に発表することに賛成している研究者も多い。

 

 米国公衆衛生学の指導的地位にある、感染症研究と施策センター長(CIDRAP:ミネソタ大学)のマイケル・オスターホルム氏は、このような研究室での実験を擁護している。

 

 「これらの研究は非常に重要である。この研究はインフルエンザ研究者達の間で十分に支持されている。なぜなら研究結果は公衆衛生(public health)に利益をもたらす可能性があるからだ。今回の結果は、軽視されているH5N1パンデミックを再考慮すべきであることを示している(容易にウイルスは人類にとって危険な株に変わり得る:訳者)」と、同氏はブログで記述している。

 

 また同氏は雑誌に論文を掲載する場合、作成方法の内容で鍵となる部分を外して、生物兵器作成の悪用を防ぐべきであるとも、他の報道機関に語っている。

 

 なぜ変異H5N1鳥インフルエンザウイルスが炭素菌以上に怖いかというと、ウイルスは人に感染して、そこで自己増殖し、さらに周辺の人に感染してゆく。自己増殖するウイルス粒子は無限であり、感染対象者がいる限り、感染増殖すると同時に、その宿主を殺してゆく。

 

 炭疽菌や他の病原体は、人に感染して、宿主を殺すことはあっても、そこから無限に自己増殖して容易に世界中へは拡大出来ない。

 

 

 今回、11月19日以降海外で流れた主要な報道のタイトルを挙げると以下の通りとなる。

 

■「研究者達は鳥インフルエンザウイルスを、より感染しやすくなるように変異実験を繰り返す-しかし批判が相次ぐ」(英国)

■「新規鳥インフルエンザ研究に対する議論、方法論を発表するのは危険との意見も」(カナダ)

■「マルタにおけるインフルエンザ会議での発表内容が、バイオテロ警戒に発展」(マルタ)

■「バイオテロの恐れが重大なインフルエンザ研究を阻止」(国際)

■「人工的に作成されたスーパーインフルエンザは人類の半数を殺す」(国際)

■「米国、オランダの研究が生物兵器につながることを懸念」(オランダ)

■「炭疽菌以上に恐ろしいインフルエンザウイルスを実験室で作成(英国)

■「オランダの研究者、鳥インフルエンザウイルスから、より病原性の高いウイルスを作成」(国際)

■「パンデミックは可能? 科学者は鳥インフルエンザウイルスを改造して、恐ろしい結果を発表」(国際)

■「科学者達が作成したスーパー鳥インフルエンザウイルス株は大災害のレシピ」(米国)

■「科学者、研究室内で鳥インフルエンザウイルスの致死的株を作成」(米国)

■「実験室内で人へ致死的感染する鳥インフルエンザ株が作成--その作成方法を記述した論文の発表が模索中」(米国)

■「世界の人口の半数を殺す能力を持つ、人為的に作成された鳥インフルエンザウイルスの作成方法は公開されるべきか?」(米国)

 

 なお、国内では、11月30日に読売新聞が「鳥インフル論文、テロ懸念で米紙掲載見合わせ」というタイトルで取り上げているが、内容的には表層的である。

 

 

 

--- 外岡立人(医学ジャーナリスト、医学博士)

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