コラム

    • 患者の権利

    • 2011年10月11日2011:10:11:00:05:00
      • 平岡敦
        • 弁護士

 

 平成23年10月6日、7日に高松において、日本弁護士連合会が主催する第54回人権擁護大会及びそのシンポジウムが開かれた。この人権擁護大会は、人権に関わる様々なテーマを取り上げて、その研究成果を報告検討し、宣言や決議を採択するものである。今年は、刑事被拘禁者の問題、社会保障の問題、障害者の問題などが取り扱われたが、それらのテーマの中の1つとして、「患者の権利法の制定を求めて~いのちと人間の尊厳を守る医療のために~」が取り上げられ、「患者の権利に関する法律の制定を求める決議」が採択された。
 
 このシンポジウムでは、①医師不足に悩む地域医療の現状、②外国人に対する医療の現状、③子供に対する医療の現状、④ハンセン病の問題(高松沖にはハンセン病患者を隔離した大島がある)などについての報告がなされた。そして、それらを受けて、患者の権利に関する法律大綱案の提案及び趣旨説明がなされ、これらの問題に関するパネルディスカッションが開かれた。
 
 ここで主として取り上げられた提言は、2つの内容を含んでいる。1つは、国や自治体に対して、必要充分な医療を実現するための施策を求める方向の提言である。そして、もう1つは、医師と患者間の関係のあり方に関する提言である。このうち、前者は、例えば医師不足や外国人、子どもに対する医療について政府に対してより充実した施策を求めていくものであり、医師にとっても特に異議を差し挟む余地の少ない提言であろう。これに対して、医師と患者間の関係についての提言については、医師と患者を対立的な存在として捉えるものであるから、医師には複雑な心境があるものと思う。
 
 パネルディスカッションの冒頭でも、「そもそも医師と患者の関係を権利義務で統御すべきなのか?」という問題が多くの時間を使って話し合われた。会場は弁護士ばかりという状況の中で、パネリストの医師たちが、非常に言いにくそうに「患者にも守ってもらう責務がある」という趣旨のことを話されていたのは気の毒であった。確かに、伝統的に、また、日本の風土に根ざすものとして、医師と患者間を規律すべきものは信頼関係であり、法律が定める権利や義務ではないという議論には説得力がある。権利、権利などというとモンスターペイシェントに格好の攻撃材料を与えるようなものではないか、という気持ちもよく分かる。
 
 医療法を見ても、例えばインフォームド・コンセントについて、第1条の4第2項において「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。」と定めていて、説明を行うことは医師の努力義務でしかない。また、その目的も「患者の理解」を得ることで良いとされ、「患者の同意」を得なければならないとは規定されていない。法律上も患者の権利が明定されているわけではないのである。判例上も、ごく最近までカルテ開示を明確に医師の義務であると明言するものは存在しなかった。
 
 医師と患者の関係を権利と義務で統御したくない、という思いは、誠実に医業に携わっている医師ほど強いのではないか、という気がする。誠実な医師ほど、至誠天に通ず、これ患者に対してもまた同じ、という思いを持っておられるのではなかろうか。
 
 しかし、そのような感覚は危険も伴うと思う。そのような危険を示唆する格好の材料がハンセン病隔離政策の問題である。
 
 シンポジウムが開かれた高松の沖合には、大島という小島があり、そこには国立ハンセン病療養所・大島青松園がある。この大島青松園は、らい予防法に基づいて実施されたハンセン病患者に対する隔離政策、断種、強制労働等の「患者の権利」を徹底的に否定する各種施策が行われた舞台であった。本シンポジウムでは、これらの大島青松園での取材、ハンセン病隔離政策に対する研究成果も発表された。その中で興味深かったのが、ハンセン病隔離政策の推進者であった光田健輔医師や厚生省(当時)の医務局長の大谷藤郎氏らの物語であった。
 
 隔離政策を推進した彼らが、ハンセン病患者に対する差別意識に凝り固まった極悪非道の人物であれば話は簡単なのであるが、話を複雑にしているのは、彼らがハンセン病患者の救済のために崇高な理想を抱き、自らの犠牲を顧みずに努力した立派な方たちであったということである。光田健輔氏は、ハンセン病に対する差別偏見が横行する時代にあって、救らいの目標を掲げ、ハンセン病患者の治療・看護に一生を捧げ、ハンセン病の父と言われるようになった医師である。なぜ崇高な理想に燃える医師が結果として患者の人権を徹底的に否定するような政策を創作し、推進したのか?
 
 光田健輔氏が考え出した隔離政策は、ハンセン病患者が幸せに暮らすためには、医師である園長を頂点とする大家族主義のもと、社会の迫害から隔絶された患者のための「パラダイス」を作り上げるべきであるという信念に基づいていた。低賃金での強制労働、断種、堕胎なども、あくまで患者のためであると医師が考えた末に行われたものであった。ここには、患者にとって何が幸せであるかを医師として考えてあげたい、考えることができる、といういわゆる「パターナリズム」が根底にある。当時の時代背景においては、ある程度の妥当性を有していたのかもしれないが、それでも人権侵害であったことは間違いないし、プロミン発明を経た後では、それはより鮮明となった。
 
 いかに誠実でも、人間が一つの理想や目標を持って活動するとき、それが純粋であればあるほど、いったん正しいと思い込んだ理想や目標に対する批判を受け入れられなくなるという落とし穴が待っている。自制心でそれを制御することは困難である。人と人の関係を律するのに、一方の人の誠実さに依存することには限界がある。それぞれの人が自らの権利を主張しなければ、終局的には不公平や不公正な事態が生ずることを防ぐことは困難である。患者の権利に関しても、医師の誠実さにのみ期待して、それを保障するというのは危険であろう。権利の濫用に対しては、権利の内容を明確化し、何が正当な権利の行使で、何が権利の濫用なのかを明らかにしていくことで、対応していくほかないのではなかろうか。
 
 
 
--- 平岡敦 (弁護士)

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