コラム

    • 歯科研修における医科麻酔

    • 2011年03月08日2011:03:08:00:05:00
      • 平岡敦
        • 弁護士

1.千葉県がんセンターに対する捜査

 
 本年(平成23年)2月18日,千葉県警が,医師法違反容疑で,千葉県がんセンターに対する捜索差押えを行った。報道によると,センターの歯科医師が,医師にしか認められていない部位への麻酔(医科麻酔)を行ったとのことである。歯科医師による医科麻酔は,研修目的でのみ行うことが認められているが,この歯科医師は研修の指針で定められている手続きを取っていなかった,ということである。これに対して,センターは,研修の指針に従って研修を行っており,問題はない,としている。
 
 報道されている範囲では,曖昧な部分がかなりあるが,果たしてこの歯科医師による医科麻酔は,法に触れる行為なのであろうか。
 
 

2.歯科医師の麻酔科研修

 
 歯科医師も日常,麻酔を使うが,その多くは局所麻酔である。しかし,局所麻酔ではあっても,歯科治療中の麻酔事故は数多く起きている。そこで,歯科医師も麻酔管理の技能を身につける必要があることから,医科麻酔を学ぶ麻酔科研修が行われているのである。
 
 しかし,医師法17条は,「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定めている。医科麻酔も「医業」に含まれるので,「医師」ではない歯科医師には,医科麻酔は行えないのが原則である。医師法17条には罰則規定(31条)もあり,違反すると最高で懲役3年,罰金100万円に処せられる。したがって、歯科医師の麻酔科研修が「違法」でないとされるのは,例外的なことであり,何らかの違法性が阻却される事由がなければならない。
 
 どのような場合に歯科医師の麻酔科研修が違法でないとされるのかについては,厚労省が平成14年に定めた「歯科医師の医科麻酔科研修のガイドライン」が参考となる。このガイドラインは,平成19年に三井記念病院で起きた事件をきっかけに,平成21年に改訂された。三井記念病院事件の際に設置された特別調査委員会の外部委員であった鈴木利廣弁護士・明治大学法科大学院教授は,「ガイドラインの法的位置づけについて」という報告書を出している。その中で鈴木教授は,ガイドラインを「医師法17条違反の違法性を阻却するための厳格な要件」であるとしつつ,同時に,三つの要件を挙げている(ガイドラインと三つの要件の関係は,明らかにされていない)。三つの要件とは,①目的の正当性(研修目的),②安全確保のための方法の正当性,③患者の同意である。
 
 

3.犯罪への該当性を判断する基準

 
 考えるに,医師法17条が医業を行える者を医師に限定したのは,医業が侵襲を伴うものであることから,それを例外的に行える者を,高度の医学教育を受けて,技能を有する者に限定する趣旨であると思われる。したがって、医師法17条の例外に該当するか否かの判断は,厳格に行われるべきものであろう。
 
 そう考えると,前述の鈴木教授が挙げている①目的の正当性,②安全確保のための方法の正当性,③患者の同意という要件は,違法性阻却のための要件としては,妥当なものであると思われる。ガイドラインの位置づけは,①や②が確保されていることを裏付ける間接的な事実又は証拠とすべきではなかろうか。
 
 

4.千葉県がんセンターのケース

 
 千葉県がんセンターのケースは,報道では,前述の①から③の要件を満たしていたのか否かが,はっきりとしない。ただ,ガイドラインで規定されている登録や報告がなされていなかったのではないか,という疑いがあることだけが分かっている。おそらく,単にガイドラインに準拠していなかったというだけでは,犯罪成立とすることはできないように思う。研修の実態を見て,歯科医師によりなされていた医科麻酔が,①研修目的の範囲にとどまるものなのか,②ガイドラインに規定されている安全確保のための基準に合致していたのか,③患者の同意を得ていたのか,を慎重に見極めるべきであろう。
 
 報道によると,センターには,麻酔科専門医1名,麻酔科医員2名,十数人のパート医がいたということである。これに対し,センターで麻酔科研修を行っていた歯科医師は4名とのことである。ガイドラインによると,麻酔科研修の研修指導医は,麻酔科指導医,専門医又は認定医でなければならないとされている。そして,たとえば,麻酔導入・覚醒,気管挿管・抜管,麻酔中の薬物投与,術後疼痛管理などは,研修指導医の指導・監督及び介助のもとに行わなければならないとされている。「介助」とは,「歯科医師の行為が実質的に機械的な作業とみなし得る程度まで研修指導者が管理・支配することをいう」とされている。したがって、センターの人的体制で,現実に,このような基準に合致した指導が行えたのか否かが問題となるのではないだろうか。
 
 日本の医療現場は麻酔医が恒常的に不足しているという。想像に過ぎないが,研修に来た歯科医師が麻酔医の代替として活用されているような実態があったとしたら,それは憂慮すべきことであろう。しかし,もし仮にそのような事態があったとしても,それは麻酔医不足という政策的なミスが背景にあり,必ずしも歯科医師自身の自発的意思により医師法17条違反行為がなされていたとは限らない,という疑いを持つべきであろう。したがって、今回の事件で短絡的に当該の歯科医師を起訴することには反対である。
 
 
--- 平岡敦 (弁護士)

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