コラム

    • 昭和色街美人帖

    • 2011年02月01日2011:02:01:00:05:00
      • 河原ノリエ
        • 東京大学大学院情報学環・学際情報学府 特任講師

 ずいぶん前のことだが、クローン羊が世の中を騒がせ、生命倫理屋さんが、クローン技術規制法を論じていたころのことだ。その件の「クローン技術規制法」と「売春防止法」の似ているところに思いがけず気がついたのは、うちに送られてきた、一冊の写真集を手にしたときだ。 

 
 両方とも条文で、「人間の尊厳」とやらに留意している。 
 
 
 送られてきた『昭和色街美人帖 私の赤線時代』(自由国民社、2001年)は、流しの写真屋だった広岡敬一が、戦後「苦界」に生きた女たちの暮らしのなかに入りこんで撮った写真集である。わたしの連れあいが、晩年の広岡の担当医だったこともあって、「本ができました」とうちに送ってくれたのだ。 
 
 
  あの写真の向こうの笑顔は 
  いまどこでどうしているんだろ? 
  もうこの世にいないのかもしれない。 
  写した瞬間、もうそのときは、そこにはなくて 
  ものみな移ろうから美しいのだろうけど 
  
 わたしの幼い日々の記憶の彼方にもいる同じような顔をした人たちも、そういえばいつも笑っていた。どうしていつも笑っているのかと尋ねたら、 
 
 「かなしいから笑うのよ」 
という答えが返ってくる。おばちゃんはアタマがおかしいのかって思った。 
 
 富山の山奥のひなびた温泉宿のそばで育ったから、流れ者の仲居さんや、身体の線が崩れてもう盛り場の劇場じゃ踊れないストリッパーのおねえさんたちが身近にいた。 
 
 昭和40年前後だから、もう赤線もなくなっていたが、「みんな昔はいろいろあったのよ」などといいながら、立て膝しながらタバコをくゆらせていたものだ。白粉のにおい、花札トランプ……「アカセンのオンナみたいだよ」と仲間と笑い転げる。 
 
 躾の厳しい母親の眼をくぐりぬけて、幼なじみの旅館の息子と、彼女たちの部屋に転がりこんでいることは、バレたら連れ戻されるかもしれない禁断の秘密だった。 
 
 わたしは、みんなに妙に可愛がられた。なんでだったんだろうといまさらながらに思うが、考えてみれば、火傷で引きつった左頬は、小さいころ、いつもジクジクして汁まで出ていた。これから生きていく不幸を一身に背負っているみたいな女の子だったからかもしれない。旅館の駐車場で、旅館の息子と石蹴りして遊んでたって、左側に飛んだ小石はみえないから、通りかかった踊り子さんが、ほらこっちだよって、けり返してくれる。 
 
 お客さんにたくさんチップをもらったからと、カオルちゃんが、ピカピカの三輪車を買ってくれた。唐突に、高額なものを贈られる仲でもないのにと、母は戸惑っていたが、子供心になんとなく、普通のお金じゃないんだろうなとおもった。しばらくすると警察が来て、カオルちゃんはどこかに連れていかれてしまった。 
 
 大きな借金を抱えて、時には男のひとのことで大声をあげてケンカして、ギリギリのところで生きている、でもみんなやさしかった。とんでもないことをしても、彼女たちだったら「しょうがない子だね」といって、許してくれるような気がした。 
 
 そこには、堅気<かたぎ>の生活をしているひととは、絶対に同じにはなれないんだというキッパリとした諦念があった。 
 
 
 ほんの少し前まで、日本にもこんなにも貧しくかなしい暮らしがあった。医療福祉なんてないから、家族に病人がひとり出れば、売られる娘がひとり増える。 
 
 写真集巻末の「戦後・性風俗年表」が、そっと教えてくれる。 
 
 進駐軍の占領下で軍人相手の洋娼が激増。昭和20年、全国の基地の周辺に40万人だったのが、昭和25年、朝鮮戦争で日本が後方支援の基地化してからは70万人にまで膨れあがる。昭和31年7月、「もはや戦後ではない」と経済白書は述べたが、その年の暮れ、北海道で冷害と凶漁により人身売買が多発。この年の人身売買被害女性は実に1万5,595名で、前年よりも1,304名増加している。昭和33年4月、「売春防止法施行」。12月までの間に検挙された女性の総数は4,828名。ちなみに、売春更正保護寮での1日の女性の食費は61円66銭。東京都の野犬抑留所の犬の餌代が一日79円55銭だったので、売春婦は犬以下の取り扱いだった。 
 
  「えらい人」 
 
  菊花のバッチをつけた偉い人が 
  私たちを前に話している 
  一人の婦人はこう言った 
  「私にもあなた方と同じ年頃の娘がいます。
  それを考えると胸がつぶれそうです」 
  白いお揃いの割烹着<かっぽうぎ>を着て 
  みんな一生懸命に話を聞いた 
 
  一人の婦人はこう言った 
  「でも皆さんは若くてお美しい 
  心の中まで汚さず頑張ってね」 
  みんなうつむいてしまった 
  私たちはちっともお美しくなんかない 
  心が汚れるってどういうことかしら 
  「みなさんはちっとも悪くないのです。
  みなさんをほっとく政治が悪いのです」 
  それから悪い政治の話を聞いた 
  政治って一体何だろう 
 
 
 これは、昭和29年刊の、赤線で働いている女性の書いた『よしわら』という文集のなかの詩である。この写真集のなかにおさめられている。 
 
 
 理屈は人を救わない。 
 
 昔もいまも、えらいひとは、しもじもの痛みを自分を引き立てるための小道具として使いまわす。薄っぺらな理屈をこねくりまわす、えらい先生たちの「人間の尊厳とは」という立派なお話を聞くたびに、わたしはこの詩を思い出す。 
 
 高いところから正論を吐くみたいな癖がつくと、ふと忘れてしまうのだろうか。大多数の人々は、日々の暮らしを切りまわしていくために、泥水を飲んで生きているということを。 
 
 人生のドロドロがぎゅっと詰まった生き方していても、なんとか切り抜けて生きている。健気さなんか微塵もみせないチンピラエレガンスを、記憶の底から手繰り寄せるとき、人間のたくましさに生きていく勇気がわいてくる。 
 
 でも、『現代用語の基礎知識』で儲けたお金で、こういういい本を出している自由国民社って、スゴイって思う。
 
 
--- 河原ノリエ (東京大学 先端科学技術センター 総合癌研究国際戦略推進講座 特任研究員)

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