コラム

    • 不足感は数字以上?

    • 2010年11月02日2010:11:02:00:05:00
      • 楢原多計志
        • 福祉ジャーナリスト

2万4,033人―。

 
 厚生労働省の「病院等における必要医師数等実態調査」が示した確保すべき医師数だ。だが、患者の立場から言わせてもらえば、「医師不足は数字以上ではないか」というのが実感だ。 
 
 

ミスターの置き土産? 

 
 調査は、第2次菅内閣で再任されなかった“ミスター年金”長妻昭・前厚労相の指示で実施された。当初、医師不足に関する国が行う本格的な全国調査として注目された。長年、「医師の偏在は認められるが、不足している状態ではない」と医学部定員増を拒み続けていた国の医療政策が完全に誤りだったことを示す決定的なデータになるはずだった。 
 
 ところが、調査対象が医療機関(病院と分娩取り扱い診療所など)となったためか、病院経営者らが「経営を維持する上で必要な医師数」を回答した恐れもある。「本当は、もっと医師が欲しいが、今の診療報酬点数などを考えると、医師数を一定程度に抑えなければ、経営が成り立たなくなる」と考え抜いた末の回答という見方も否定できない。全員は無理だとしても、勤務医や開業医への直接調査が必要ではないか。 
 
 それにしても、回答した医療機関の医師総数16万7,063人に対し、さらに必要な医師数2万4,033人(対現医師数の1.14倍)、実際に求人に対する医師数1万8,288人(同1.11倍)。さらに医師が必要と感じながら、実際には求人していない医療機関が少なくないようだ。現場の医師はどんな思いで患者と向かい合っているのだろうか。 
 
 政府、与党は、調査結果を都道府県別に分析し、21年度補正予算案の目玉でもある地域医療再生基金(都道府県単位、総額50億円)の創設や、23年度予算概算要求の特別枠として要望している「地域医療支援センター」に反映させ、医師の適正配置を目指すという。とはいえ、データがもっぱら地域や診療科による医師の偏在解消に利用され、医師の絶対数不足という根本問題の解決につながらない恐れがある。 
 
 

先人の教え 

 
 数字は一人歩きするだけではない。利用されやすい。今でもOECDの調査報告が医療抑制策(その反論にも)によく使われる。日本が他の先進国と比べ、人口当たりの医師数が極端に少なく、医療機関での在院日数が長い―など。
 
 だが、医療は、その国の経済力や財政力だけで決まるわけではない。文化や歴史、生活習慣、個人の人生観・死生観などにも影響される。日本には「日本の医療」があってもよい。 
 
 都市部でも医師不足が深刻だ。私が住む神奈川県でも産院の閉院だけではなく、外科医や救急医らの慢性的な不足が続いている。医学部の定員を大幅に増員し、現場の医師を増やすべきだ。「医師を増やせば、医療費が増える」「医師や医療の質がダウンする」なんて、財務官僚や医学教育指導者でもあるまいし、国民が医療費抑制策や学術至上主義に引きずられる必要はない。 
 
 「医師などの医療従事者がやたらと多い国」と外国から批判されてもよいではないか。どうころんでも、その国の医療費は国民が負担せざるを得ないのだ。余計なお世話だ。高齢者が増えれば、医療費が増える。苦しいときこそ、支え合うのが人間の知恵だし、明治維新から第二世界大戦後の苦境を乗り越えてきた日本の先人の教えではないか。
 
 
--- 楢原多計志 (共同通信社客員論説委員)

コラムニスト一覧
月別アーカイブ