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先見創意の会

超法規の構造

中村十念・緒方正象 [日本医療総合研究所 取締役社長・主席研究員]

1.違法だけど阻却される

多くの人はお気づきかもしれないが、日本では行政からの事務連絡と言う簡便な方法で「超法規的取扱い」が可能になる。
今年4月26日付けで出状された厚労省医政局医事課等発の自治体宛の業務連絡のサンプルを一部抜粋する。


(厚生労働省HPより)

要約すると歯科医師によるワクチン接種は違法であるが、諸般の事情に鑑み、この連絡によりその違法性を退けるというものである。屁理屈を言うつもりはないが、同じロジックを使えば誰でもワクチン接種が出来ることになる。つまり、超法規的取扱いという魔法の鍵は立法行為ではなく、行政からの業務連絡というあっけらかんとしたものである。

2.裁判と業務連絡

業務連絡での超法規的行為の先にも問題がある。

最近モデルナ社製のコロナワクチンへの異物混入事件があった。これが医療事故化し、訴訟に至ることも想像できる。例えばこの接種者が歯科医師であったとすると、訴訟の対象にその歯科医師も含まれるに違いない。その時にこの業務連絡は歯科医師の守り神になってくれるのであろうか。
法曹関係者に聞いてみたところ、事務連絡は法律として取り扱われないのではないかという見解であった。
そうすると、ワクチン接種と言う善意の行為が、予測のつかないとんでもない結果を招致する原因になりかねない。

3.トリアージ

広辞苑によるとトリアージとは「災害・事故で発生した多くの負傷者を治療する時、負傷者に治療の優先順位つけること。最も有効な救命作業を行うためのもの。」と定義されている。

現在のコロナ感染者の入院・在宅問題は、このトリアージ状態にあると思われる。
入院か在宅かの振り分け業務担当者は、保健所の職員である。保健所には医師が常勤しているので全部見切れていれば、医師の判断ということになるが、そうもいくまい。また、医師の判断があったとしても、医師の判断の中身が問われることもある。
トリアージによって不利益を蒙ったと感じている人も多いかもしれない。トリアージ問題も訴訟のリスクと背中合わせである。

4.医と法と行政

善きサマリア人の譬(たとえ)というキリスト教の教えがある。
差別のない隣人愛を説いた教えとして有名である。
欧米各国では医療行為の基本にこの譬を置いて、隣人愛から発露した行為については、結果責任を不問とする法を定めている国も多いという。
非常事態の時には、緊急対応を要請されることが普通であり、予測不能なことも多い。
そのような時にためらわず隣人学的な対応が可能なように、ポストコロナの時代になった暁には、まずよきサマリア人のルールの制定が考慮されるべきである。この先もっと大きな災厄が起きることが十分予想されるのだから。

次には行政の監視を行う機能の整備である。緊急事態の際の行政の大変さは理解できるが、行き過ぎ方向違いの対応は禍根を残しかねない。
例えば「医と法の連携オンブズマン制度」の導入が行われ、行政の行き過ぎや方向監視が行われることが望ましい。非常時の混乱に起因して国民にとって「悪法も法なり」の世界が現出しないよう、法環境の安心と安全が図られるべきであろう。さすがに業務連絡での超法規はまずい。

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中村十念[(株)日本医療総合研究所 取締役社長]

◇◇中村十念氏の掲載済コラム◇◇
◆「コロナデータの草の根観察術」【2021年1月19日掲載】
◆「コロナ禍から誰が医療の場を守るのか」【2020年4月7日掲載】
◆「『情報主権』は誰のものか」【2020年3月3日掲載】

☞それ以前のコラムはこちらから

2021.09.02