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先見創意の会

抗菌薬不足

楢原多計志 (福祉ジャーナリスト)

「適正使用」のお達し

抗菌薬が足りない。適正な使用をお願いしたい─。厚生労働省が抗菌薬の適正使用を呼び掛けている。経口抗菌薬の不足が深刻だという。約5年前には注射用抗菌薬が供給不足に陥った。なぜ、抗菌薬が足りないのか。急激な需要に生産が間に合わないことが原因とされているが、それは表向きの理由だ。原材料の輸入が困難になっていることや、相次ぐ後発医薬品メーカーの不祥事、薬価引き下げなど医薬品メーカーの体質や薬価改定など構造的な問題が次々と浮かび上がってくる。政府や経済団体はこぞって「国を挙げて創薬力の向上」を叫んでいるが、足元がこんな状態では…。

▽ポストコロナ 患者急増

ことし5月31日、 厚労省が都道府県などに「経口抗菌薬の在庫の逼迫の伴う協力依頼」を連絡した。昨年9月にも同様の事務連絡を発出しており、2回目の協力依頼になる。

趣旨は、経口セフェム系抗菌薬の一部の品目が供給停止になり、安定供給に支障が出ている。医療機関に当面の必要量に見合う購入や適正使用を、薬局には系列店で連携して調整するよう周知していただきたい─ということのようだ。

実際、横浜市北部にある病院の事務長は「新型コロナウイルス感染症がまん延している間は抗菌薬を必要とする患者が減り、在庫過剰の状態が続いていたが、新型コロナが騒がれなくなると、患者が戻ってきたのか、一気に在庫不足に陥った。卸業者に注文を入れても、全量納入は無理だと言われた」とこぼした。

また「6月初旬、市の担当職員から返品が生じないよう過剰発注はしないでくださいとメールで連絡があったが、腹が立ってパソコンの電源を切ってしまった」と苦笑した。

それより以前、注射用抗菌薬「セファゾリン」が供給不足に陥ったことがある。直接の原因は、「セファゾリン」で約6割のシェアを持っていた日医工の不祥事だった。杜撰な製造管理などが原因で抗真菌薬に睡眠薬が混入して死者まで出し、2019年、製造・供給の全面停止に追い込まれた。

慌てた厚労省は、他のメーカーに代替薬(「セファロスポリン系抗菌薬」など)の増産を要請したが、そもそも代替薬は市場規模が小さく、「セファゾリン」に依存していた医療機関はどこも代替薬の確保に四苦八苦した経緯がある。

▽旧世代の抗菌薬

国が躍起になって推奨する後発品の欠品や納期遅れが続いているが、どうして抗菌薬は、こうも供給不安に陥るのか。「外的要因」と「内的要因」が考えられている。

「外的要因」としては、原材料を輸入に依存していることが挙げられている。たとえば、日医工の「セファゾリン」の原料は中国で、原液はイタリアでそれぞれ製造されていた。ところが、中国は医薬品の国産化を進める一方、環境保全の観点から環境汚染に繋がるような原料製造を封じる施策に転換した。長らく原料調達を中国に頼っていた日本のメーカー(特に後発品メーカー)は打撃を受けている。
先進国のみならず発展途上国でも、抗菌薬の需要が拡大しつつあり、日本メーカーは中国から発展途上国へ調達シフトを変更したくても、そう容易ではなくなっている。

「内的要因」について、後発品メーカーの執行役員は「相次ぐ薬価引き下げで商品としての魅力が著しく下がっている」と指摘する。大手メーカーは薬価の高い画期的な先発品の開発・販売に資金や人材を投じるためか、薬価が引き下げられ、利益の少なくなった医薬品をどんどん手放している。
結果、日本は抗菌薬の開発でも遅れが目立っている。最近、薬剤耐性対策の緊急性が求められているにもかかわらず、資金や人材面で劣る勢な後発品メーカーは対応が極めて鈍い。日本の医療現場で、いまなお「旧世代の抗菌薬」が大量に使われているのも、こうした事情が影響している。

現時点、新型コロナ感染症はまだ収まっていないが、これまでコロナ対応で学んだことは、ワクチンや治療薬などの分野で日本メーカーの創薬力が世界レベルに達していないことだけではない。後発品の安全性の確保や、新薬を重視し、必要性を度外視するような日本の薬価制度の在り様についても我々に再考を突き付けているように思う。

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楢原多計志(福祉ジャーナリスト)

◇◇楢原多計志氏の掲載済コラム◇◇
「看護師特定行為研修 努力と経験に見合う待遇を」【2024.3.19掲載】
「薬価改定 -選定療養 次の一手は?-」【2023.12.19掲載】
「マイナンバーカード、誰のため」【2023.9.12掲載】
◆「大丈夫なのか、『日本ブランド』大成建設の施工不良問題」【2023.5.16掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2024.06.18